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『HUNETR×HUNETR』は少年マンガの歪んだ真珠だ! 果てしないバロック化の彼方に見える新世界とはなにか?

 みんな大好き、現代少年マンガの最高傑作『HUNTER×HUNTER』の最新刊第38巻が出たので、さっそく読みました。

 まあ、『少年ジャンプ』で読んではいたのだけれど、やはりまとめて読んでみて初めて見えてくるものもある。とくにこの作品の場合、一週ごとに読んでいってもさっぱりという感じではあるし。

 で、単行本一冊をまとめて読んだ感想なのですが、いやあ、たぶんみんないっていると思うけれど、文字が多い(笑)。ほとんど「小説か!」という情報量の多さで、一冊読むのに非常に時間がかかる。

 『攻殻機動隊』や『ファイブスター物語』でもここまで読了コストが高くないんじゃないかと思うくらい。

 しかもひとりひとりのキャラクターがそれぞれ異なる異能(この作品の場合は念能力)を持っていて、それらが相互に複雑に絡み合うものだから、もうわからない、わからない。

 一読しただけで把握し切ることはほぼムリ、くりかえし読んで少しずつ理解度を高めていくものだとしかいいようがない。まあ、数年に一度しか単行本が出ないこともあって、ちょっとマジメに読んだくらいではまったく理解し切れないのだけれど。

 そのくらい、いまの『HUNTER×HUNTER』は複雑・玄妙・深遠・難解なのです。『聖闘士星矢』とか、ああいうシンプルなバトルものの世界がなつかしい。

 それにしても、このシリーズはいったいどこへ行くのだろう。この超複雑に入り組んだ物語の果てに、おそらくほんとうの主人公であるゴンの参戦があるはずなのだけれど、そのことによって見える景色は変わって来るのでしょうか。

 そして、もうみんな忘れているんじゃないかと思うほど昔の設定ですが、一行を乗せた船はなぞの「暗黒大陸」へ向かっているのです。

 その「暗黒大陸」ではいままでの冒険とはまたまったく異なる世界が見えてくるはずで、いやもう、何がどうなってしまうのか、何もかもが凡庸な一読者に過ぎないぼくの想像をはるかに絶している。

 楽しみではあるものの、いつのことになるやらという気もしてしまう。まあ、いつまでだってつきあうけれどね。

 さて、おそらくだれもが感じていることでしょうが、この『HUNTER×HUNETR』が象徴するように『少年ジャンプ』の「異能バトルもの」はここに来て明確に「バロック化」を遂げています。

 「バロック」とは西欧芸術の一ジャンルで、Wikipediaによるとこのような特徴をもつとか。

バロック(伊: barocco, 仏: baroque 英: Baroque, 独: Barock)とは、16世紀末から17世紀初頭にかけイタリアのローマ、マントヴァ、ヴェネツィア、フィレンツェで誕生し、ヨーロッパの大部分へと急速に広まった美術・文化の様式である。バロック芸術は秩序と運動の矛盾を超越するための大胆な試みとしてルネサンスの芸術運動の後に始まった。カトリック教会の対抗改革(反宗教改革運動)や、ヨーロッパ諸国の絶対王政を背景に、影響は彫刻、絵画、文学、建築、音楽などあらゆる芸術領域に及び、誇張された動き、凝った装飾の多用、強烈な光の対比のような劇的な効果、緊張、時として仰々しいまでの豊饒さや壮大さなどによって特徴づけられる。18世紀後半には新古典主義(文学、音楽は古典主義)へと移行した。

 「バロック」という言葉がもともとは「歪んだ真珠」を指していたという説は有名でしょう。つまり、「バロック化」とは「さいしょは均整を保っていたある表現の細部が仰々しく肥大化、多彩化して過剰な形と化していく現象」を指すのです。

 『HUNTER×HUNTER』の最新刊を第一巻とくらべてみれば、その「バロック化」の流れはあからさまにあきらか。

 いままでの「グリードアイランド編」や「キメラアント編」もたしかにきわめて複雑なストーリーだったが、作家のほとんど天才的なマンガ表現スキルもあいまって、ある程度のバランスは維持していたと思う。しかし、いま展開している話は一作のマンガとして見たとき、あきらかに情報量が過剰です。

 もちろん、「たまたまそうなってしまいました」などという詰めの甘い話ではなく、完全に意図された表現ではあるのでしょうが、それにしたってそのちょっとマンガ史上でも類例がないような膨大でひとりひとり個性的な登場人物は、何とも「一見さんお断り」の雰囲気をただよわせてます。歪んだ真珠――バロックの至るところなのです。

 また、ひとつこの作品を超えて、「異能頭脳バトルマンガ」の最前線として見たときも、これほどバロックな表現は他にないことでしょう。

 たしかにいま、『ONE PIECE』や『呪術廻戦』もすさまじいまでに複雑で、記憶力の限界に挑むようなストーリーを展開しているけれど、それでも『HUNTER×HUNTER』と比較すればわかりやすい。いまのこのマンガの濃密な内容はちょっと常軌を逸しています。

 面白いのは、各登場人物が正体不明の異能を所有していることはもはや当然の前提となっていて、その正体看破の方法論までがもはや確立されていること。

 その道の達人同士の「異能バトル」はすでに高度な「情報戦」と化していて、瞬時にあいての異能を予測し、看破し、対策を練り、打倒することができなければ生き残ることができない状況が生まれているわけです。

 読んでいてとほうもなく面白いことは間違いないのですが、一方で従来の少年マンガの「良い意味でのいいかげんさ」みたいなものはもうまったく残っていないことも実感させられます。

 冲方丁の傑作長編『マルドゥック・アノニマス』などもそうなのですが、読みこなすためには一定以上の知力と集中力を必要とする、もはやまったく子供向けではない超絶のエンターテインメントなのです。

 この『HUNTER×HUINTER』や、原作及びアニメの『呪術廻戦』は全世界的に見てもエンターテインメントのカッティング・エッジを示していると感じる。

 この際限のないバロック化の先はシンプルに回帰するのでしょうか? 第二部もクライマックスの『チェンソーマン』などもすごいことになっていますが。『ジョジョ』第九部の続きも楽しみ。

 まあでもあまりにこの手の凄惨無比の物語ばかり読んでいると脳が麻痺するので、まずはいっしょに単行本が出た『ルリドラゴン』の続きを読もうっと。これはこれで、すごいマンガだ。