【いま、マンガやアニメはかつてなく面白い!と思いませんか?】
昔は良かった――インターネットのなかでも外でも、そういうふうに嘆く人は大勢います。とくにわが日本は「失われた30年」と呼ばれる経済的停滞を経てきているわけで、「ああ、バブルの頃は良かったなあ」などと詠嘆する人はとても多く見かける印象です。
まあ、それはわからないでもない、経済的な意味ではバブルはたしかにひとつの繁栄ではあり、その頃、経済大国の名をほしいままにした日本で甘い汁を吸った人は大勢いたのでしょうから、「昔は良かった」という意見もいちがいには否定しがたいところです。
いや、バブルの頃の日本がほんとうに「良い国」だったのかどうかは議論が分かれるところでしょうが、少なくともカネはあった。それはたしか。
それでは、文化的な側面はどうか? これももちろん一概にいえないところで、そもそも日本の文化状況を一望するほどの視野がぼくなどにあるはずもないのだけれど、しかし、ぼくに見えるところに関してははっきりした見解があります。いや、マンガとかアニメとか、めちゃくちゃ面白くなっているよね、って。
こう書けば即座に異論が頻出することと思います。「昔のマンガのほうが面白かった」とか「昔のアニメのほうが良かった」という人は大勢おり、ネットでもそういう話を見かけることは少なくないからです。
でも、ぼく、そういう意見はまったく理解できないんですよね。少なくともいわゆる「オタク的」といわれるようなエンターテインメント・フィクションに話を限るなら、アニメもマンガもゲームも、いま、かつてない偉大な繁栄のなかにあるというのがぼくの認識で、とくにアニメなんかは何をどう考えても「昔のほうが面白かった」とはいえないと思うんだけれど、それでも「昔は良かった、最近の作品は――」とお決まりのセリフで嘆く人はいなくならない。
当然ながら個人の価値観はひとりひとり異なるわけで、そういうふうに感じることがおかしいとはいい切れないわけなのですが、でも、ぼくからするとちょっと理解できかねる価値観というしかありません。
これほど豊饒なコンテンツ、そしてマーケットをまえにして「面白くない」というなら、いったい何がどうなれば満足してもらえるのか、わからない。どうしても、その人の個人的な感性の問題が大きいのではないかと思ってしまう。
「最近のアニメやマンガはつまらなくなった」といっている人には、わが身をふり返って考えてみてほしいのですね。アニメやマンガが面白くないというなら、他の趣味は面白いと感じているのか。
たとえば釣りは面白い、モータースポーツは最高だ、などということなら、たしかにその人の感受性だけの問題とはいい切れないかもしれない。
しかし、「最近のアニメやマンガ」以外の趣味もまったく面白く感じられない、ただただ昔が良かったように思えるというのなら、それはやはり「加齢にともなう感性の減衰」の問題でしかない可能性が高いのではないでしょうか。
そもそも人はどんな刺激にも慣れる生きものであるわけで、文化にただ刺激だけを求めつづけているならどうしたって「ああ、前にも似たようなやつを見たな」ということでインパクトが薄れます。
「最近の××は面白くなくなった」言説のほとんどはただ過去を美化し、時代の変化についていけないだけのことでしかないように思えるのですが――じっさいのところ、どうなんでしょうね?
【「つまらなくなった」言説はそれこそ昔からある】
マンガに関していえば「つまらなくなった」言説は何十年も前からあり、たとえば20年以上前の伊藤剛『テヅカ・イズ・デッド』は冒頭からその話に対する批判を展開しています。
ようは「昔の人も昔のマンガのほうが良かったと感じていた」わけで、さかのぼっていくと「初期手塚治虫サイコー!」とか、そういう話になってしまうのかもしれません。
しかし、それはあまりに不毛な議論でしょう。結局、ひとは自分が若かったころ、青春時代に経験した作品をいちばん高く評価するという、それだけのことであることはあきらかだからです。
で、なるべくナチュラルに、ニュートラルに見ようとするなら、やっぱりいま、アニメやマンガはびっくりするくらい面白いと感じます。
当然、それはぼく個人の価値観であるに過ぎませんが、たとえば最近出た『呪術廻戦』と『HUNETR×HUNTER』の最新刊を読むとき、ぼくは昔のような素朴なバトルマンガが良かったとはとても思えないと感じます。
いずれもきわめて緻密で複雑で高密度で情報過多でなおかつ荒唐無稽な内容を、高度なマンガスキルで「ふつうに面白い」かのように見せているマンガです。 『ONE PIECE』もそうだけれど、この頃の展開は『ファイブスター物語』や『攻殻機動隊』もかくやという情報量になっていて、たしかにマニアックにも感じられるのだけれど、現実に大衆ウケしているわけですよね。
すごいことだと思うし、この時代にマンガを読める幸せをつよく実感させられます。
もっとも、たしかにこうした傾向に対し批判の余地はあることでしょう。「マンガはだれにでも理解できるわかりやすさが大切なのであって、そのような「内向け」のものであるべきではないのだ」という意見には、一定の説得力がある気がする。
しかし、一方でそれより格段に「わかりやすい」ように思える『SPY×FAMILY』みたいなマンガもヒットしているわけで、現代マンガのこの圧倒的な多様性をまえにすると、やはりかんたんに「面白くなくなった」ということはできないように思えます。
さらには車田正美や萩尾望都や山岸涼子のような「伝説の巨匠」的な人たちもいまだ新作を発表しつづけているわけですから、市場の豊かさはほんとうに素晴らしいとしかいいようがありません。
【じゃあ、アニメはどうなのさ?】
マンガはそうだとして、アニメはどうなのか? 昔のアニメはもっと硬派だったのに、なんかオタクっぽい美少女アニメばかりになってしまったと思っている人も少なくないことでしょう。
しかし、それはあくまで印象論であるに過ぎず、現実を表わしてはいません。マンガと同じく、いまのアニメの市場はきわめて多様です。
もちろん、いわゆる美少女アニメのなかからも『リコリス・リコイル』や『ぼっち・ざ・ろっく!』のようなとんがった傑作が出てきているけれど、それだけでなくもっと渋い『ラーメン赤猫』や『ザ・ファブル』や『銀河英雄伝説』だって放送しているわけですから、あくまで昭和テイストにこだわる人はそういう作品を視れば良い。
こういう「昔ながらのテイスト」の作品はしかし、そのクオリティにおいてははっきりいって昔とは比較にならないところまで来ているわけです。
『宇宙戦艦ヤマト』は名作だっただろうけれど、やはりいまの感覚で視るには作画的に苦しいところがある。もっとあとの、たとえば『カードキャプターさくら』にしても、いま視るとやはり背景が寂しいな、と感じたりします。
それに対し、デジタル化を経た現代のアニメの作画的なクオリティは凄まじいものがあります。世界市場が開けてきたために予算も以前と比較してそうとうの額が蕩尽されているらしく、たとえば『鬼滅の刃』などを見るとほんとうに圧巻ですね。
あと、なにげない日常アニメなんかが妙に高品質だったりする。『デキる猫は今日も憂鬱』とか。
また、脚本や演出もここに来て高度に洗練されてきている印象で、たとえばいま視ている『コードギアス 奪還のロゼ』とかめちゃくちゃ面白いです。
Disny+でしか視れないのでオススメはしづらいのですが、「ルルーシュが主人公じゃないのにめちゃくちゃ『コードギアス』している」作品なので、興味がある方はぜひ視てください。ほんとに面白いよ。
さて、そういうわけで現代のアニメ、マンガ、それからゲームや音楽も、かつてないくらい高いレベルに達していると思うのですが、なぜここまでになったかというと、いろいろな理由が考えられるでしょうけれどまあ、最大の理由は平和で民主主義的な社会がもう80年近く続いているという、そのありがたさですよね。
日本のアニメやマンガはすぐ中国や韓国に抜かれるとか、これからはWebトゥーンの時代になって日本のマンガは世界的に置いて行かれるみたいな話は以前からあったわけですが、現実を見ているとまったくそうなっていないよねというふうに思えます。
これはやっぱり表現の自由のもと、何でもありのトライアル・アンド・エラーが膨大にくりかえされる環境が整備されていることが大きいわけで、世界的に見てもここまで豊かなカルチャーが発展した例は少ないのではないかと思う。
それはべつに「ニッポンスゴイ!」といいたいわけではなく、ときには軽視されることもある平和と自由というものがいかに大きな価値を持っているかという話であるわけです。
これからもこの状況を続けていくことが日本の文化にとってきわめて重要だといえるでしょう。がんばって日本の平和を守ろう、面白いマンガを読みアニメを視るために! そういう、じつにまともな主張をしてこの記事を終わります。
さて、最後に、おまけではないですが個人的にいま面白いと思っているマンガを10本、『推しの子』とかそういうスーパーヒット作は除いて挙げておきます。いずれ劣らぬ「いま、面白いマンガ」、未読の方はぜひお買い求めください。でわわわ。
【いま、確実に面白いマンガ10作!】
・阿賀沢紅茶 『正反対な君と僕』
同じ作家の『氷の城壁』と並んで、いまが旬の恋愛マンガです。ただの青春リア充な恋愛ものと見せかけて、きわめて心理描写が重厚で、たぶんだれでも共感できるキャラクターのひとりやふたり見つけられると思う。ラブコメマンガの至宝ですね。
・杉浦次郎 『ニセモノの錬金術師』
作者が「趣味で描いた」というファンタジーを、べつの人が作画リファインした作品。異世界についての徹底して考え抜かれた設定が読みどころで、異能バトルの濃密さは『少年ジャンプ』のヒット作にも劣らないといっても良いでしょう。傑作。
・トマトスープ『天幕のジャードゥーガル』
これは「女の子の物語」です。ぼくは、ひたすらに力を追及して戦い合い殺し合う「男の子の物語」について考えてきたのだけれど、この作品はそれを乗り越える「女の子の物語」の可能性を胚胎していると感じます。とくに女性にはオススメのマンガです。
・つるまいかだ『メダリスト』
『アオアシ』あたりと並んで、いま最も熱いスポーツマンガです。オリンピックのメダリストをめざし、すべてを尽くして戦うひとりの少女の物語。現代のリアリティの基準で描かれた、まさに新世代のスポーツ物語といって良いでしょう。濃密さがすごい。
・福田晋一『その着せ替え人形は恋をする』
これは――スーパーヒット作かもしれない。でも、まあ、いま文句なしに熱く面白い作品なので混ぜることを許してください。ただの恋愛マンガといえばそうなのですが、むしろオタクマンガの文脈で読むと面白いです。「趣味を楽しむ」ことの最新形がここにある!
・史セツキ『日本の月はまるく見える』
中国ではボーイズ・ラブマンガは禁止され規制されていて、同性愛への偏見差別などもあってなかなか描くことはむずかしいのだとか。このマンガはBLマンガを描くため日本にやってきた女性の物語。表現の自由のありがたみを感じます。
・おがきちか『Landreaall』
これは単純にぼくの好きなマンガですね。すでに40巻以上刊行されている作品なのですが、いまひとつメジャーになり切れていないように思います。でも、「ひと味ひねった」ちょっとマイナーな作風をお好みの方ならめちゃくちゃ面白いはず! いやもう大好き。
・平井大橋 『ダイヤモンドの功罪』
その才能はダイヤモンド――あまりにも破格の才能をもつためにまわりの人間の人生を望まずに狂わせていってしまうひとりの少年。その功罪はどう測れば良いのか? そしてただ一心に野球に励むかれにほんとうに罪などあるのか? 野球マンガの最新バージョンです!
・inee『ラブ・バレット』
だれとだれが恋に落ちるかは、天使――キューピッドの撃つ弾丸によって決まる。その人の一生を左右するキューピッドの責任はあまりにも重大。そういう設定にもとづく「メタ青春恋愛マンガ」。これは、人気でるのでは? とりあえず宣伝しておきます。
・平鳥コウ&山田J太『JKハルは異世界で娼婦になった』
タイトルからして「えっちな異世界ものかあ」と思ってしまうかもしれませんが、それだけにとどまる作品ではありません。『天幕のジャードゥーガル』と並んで、いま最も面白い「女の子の物語」! いわゆる美少女キャラとはまた違うリアリティある造形を楽しめます。