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それでは、記事へどうぞ。
【本文】
先日、乙一こと中田永一の『彼女が生きてる世界線!』を読み上げました。いわゆる「転生もの」の小説で、だいたいこんな話。
交通事故に遭い、アニメの悪役に転生した「僕」には、ある計画があった。ヒロインを、死ぬエンディングから救うのだ。生前このアニメのファンであり、シナリオを知り尽くした「僕」なら、その運命も変えられるはずだと考えていた。だが、シナリオ通りに病気は進行しはじめ――。「僕」は「神(シナリオライター)」が残した生存ルートを探し出せるのか。人気作家・中田永一が、創作へのリスペクトと怒りを込めて描く感動の大長編!
ほんとうにこの通りに話が進むので、大きなサプライズもないし、とくべつ新規性があるわけでもない。乙一作品のなかでは傑出した傑作というほどの出来ではないでしょう。
乙一先生、好きで読んでいるなろう小説をちょっと自分でも書いてみたくなったのかなって感じ。
しかし、それにもかかわらず、読み始めたらやめられないくらい面白い。これは、ひとつには「転生もの」というジャンルそのもののポテンシャルを物語っているものだろうと思いますが、もうひとつはやはり、乙一の小説家としての自力の圧倒的な高さを示しているのではないかと。
いや、この人、ほんと小説が上手いですね。知ってたけど。知ってたけど、ものすごいわ。
個人的に本気ですげえなと思ったのが視点切り替えのあざやかさ。この小説、複数の一人称を切り替えながら進んでいくので理屈の上ではそのつど「だれの視点に切り替わったか」説明する必要があるはずなんですよね。もしくはその節のタイトルで視点人物を明示するか。
わかりやすいのがこんな感じ。
暖かい日差しの降り注ぐクラエス家の庭を小さな女の子が走りまわっている。その楽しそうな様子を見ているだけで、私、カタリナ・クラエスの心は晴れやかになる。
『乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった』の一節ですが、まあ、ここまでわざとらしくないにしても、こういう記述が「ふつうは」必要になる。だって、「いま、わたしカタリナがしゃべっていますよ」とわかってもらう必要があるから。
でも、一方でこういうのは不自然でださいわけですよ。いったいだれに向けて説明しているんだよ? 読者の存在を認識しているのかよ? というね。
あるいは、こんな例もある。
信心深い彼は一日を終わりに、無事過ごした事を神に感謝する。
一日の終わりを意味するその儀式は、知らぬものが見れば奇異に映るだろう。
しかし、彼にとって、これは大切な事なのだ。こうして泥沼の一日は終わり、また翌日から家族を探す生活が始まるのだ……。
— ルーデウス視点 —
それは、夜の出来事だ。
俺は酒場でいつものように飯を食っていた。
皆さんご存知『無職転生』。「小説家になろう」からてきとうな個所をひっぱってきただけですが、つまり「××の視点」とメタ的に明示してしまうわけですね。
ある程度以上に小説を読みなれた人間からすると「その記述を入れるのは反則だろう!」と思ってしまうところなのですが、わかりやすいことはわかりやすい。
まあ、ふつうのなろう小説だと、こういうふうにしないと「いま、だれが語っているのか」わからなくなってしまうのです。どうしようもない、しかたないことのように思える。
ところが、この『彼女が生きてる世界線!』では、きわめてひんぱんに視点と一人称が切り替わるにもかかわらず、一切、こういう説明を入れません。
ふつうに、自然に、あたりまえのように物語を進める。それなのにだれが語っているのかわかるんです。
「このしゃべり方をするのは○○だな」とか「この話題を知っているということは××だな」というふうに推測できるからなんだけれど、そういった情報の入れ方もどこまでもナチュラルで不自然さがない。ごくふつうに、なんの工夫もなく書いているようにしか思えない。
たぶん、少なくない読者がそもそも作者がすこぶるていねいに情報をコントロールしていることにすら気づかないと思う。
ひええ、ですわ。ぼくは『はめふら』や『無職』も大好きだし、批判するつもりはぜんぜんないんだけれど、小説の上手さという意味では、ちょっと格が違う感じがしますね。これがプロの技か、と思うくらい。
もちろん、ささいなことであって、こんなところに気を配っても効果としては知れているかもしれない。でも、一本の優れた小説はこうした細部の膨大な積み上げの上にしか成り立たないんですよね。
優れた魔法使いは、かれが魔法を使っていることすらあいてに気づかせない。そういう意味で、乙一という作家は、ほんとうに天才的な魔法の使い手なのだと思います。
そもそもあの斬新な「死者の一人称」で知られる『夏と花火とわたしの死体』でデビューした作家だからなあ。
まあ、そういうわけで、この『彼女が生きてる世界線!』、珠玉の作品がいくつもある乙一のなかではとくべつ傑作というほどの作品ではないにもかかわらず、天才作家の凄腕をなにげに思い知らせる作品なのでした。
いやはや、まいった。すごいわ。わしの負けじゃ。
【さいごに】
最後までお読みいただきありがとうございます。
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それでは、またべつの記事でお逢いしましょう。