スポーツマンガは大谷翔平を超えられるか?

 いまに始まったことではないが、大谷翔平が大活躍だ。

 9月29日現在で一試合を残してホームラン50本、盗塁50回の歴史的な記録を達成、なおかつ三冠王の可能性もあるという途方もない数字を記録していて、MVPの呼び声も高い。

 これで「本業」はピッチャーだというのだから、とんでもないヤツとしかいいようがない。世界野球史上、否、あらゆるスポーツの歴史上でも指折りの才能といっても過言ではないだろう。

 さて、そんな大谷の偉業は、しばしば「マンガ」と比較されることがある。ワールド・ベースボール・クラシックのあまりにもドラマティックな活躍もあって、その人生を仮にマンガにしたら成立しないというのだ。

 「大谷はマンガを超えた」とか「フィクションを超えてしまった」という人も、プロの漫画家を含めてたくさんいる。あまりにもすごすぎて仮にマンガに描いたらリアリティを感じられないということだろう。

https://news.yahoo.co.jp/articles/3102ed4e97230bd972cf9c0310668f3ac082c590

https://number.bunshun.jp/articles/-/852333

https://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2023/03/23/kiji/20230323s00001004113000c.html

 じっさい、その通りかもしれない。信じられないような記録を連発し、いま、ドジャースで世界一をめざす大谷の快挙は、かつて描かれたどんな野球マンガにもないものであるように思える。

 しかし、ひとりのマンガ読みとして、それをシンプルに「マンガを超えた」と表現することには躊躇も感じる。

 そもそも、野暮なようだが、フィクションと現実はそのようにして比較できるものではないだろう。

 仮に、これから何かのマンガに打率4割、ホームラン70本の天才打者が出てきたとして、「現実以上」ということになるかといえば、そうではないはずだ。マンガはマンガ、現実は現実であって、本来的に比較できるものではありえないのだ。

 とはいえ、見方を変えればこういう言葉が出て来るのは、現代のスポーツマンガが一定のリアリティの範疇で描写されていることの裏返しでもあるだろう。

 かつての「魔球」やら何やらがひんぱんに登場する荒唐無稽なスーパー野球マンガはそもそも現実と比較する気にもならないものだったはずで、スポーツマンガはこの何十年かで飛躍的な現実的なスポーツを描くようになっているのだ。

 ただ、どれほどめちゃくちゃな作品でも相対的な記録や成績という意味では最低限の現実味を要求されることもたしかで、ぼくが知るかぎり、日本がワールドカップで優勝したというスポーツマンガは聞いたことがない。

 ベスト8くらいは何かであった気がするが、たとえフィクションであっても、あまりに現実離れした記録はご都合主義的過ぎて白けてしまうということだろう。そういう意味で、マンガもたしかに現実に縛られてはいる。

 だが、「大谷翔平のような存在が出てきたからには、スポーツマンガはもう描くことが何もないのではないか」といった話にはぼくは明確に反対する。

 たしかに大谷は信じられないくらい偉大な天才だが、だからといってフィクションが描くことがなくなるわけではない。現実に、スポーツマンガはいま、かつてなく面白い。

 と、こう書くと反論が返ってくるかもしれない。スポーツマンガの最高峰をどこに見出すかは人によって違うだろうが、たとえば『あしたのジョー』のような、あるいは『SLAM DINK』のような作品はいまはないではないか、と語る人はたくさんいそうだ。

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 しかし、これはスポーツマンガの「進化」を無視したいいぐさである。たしかに『巨人の星』も『タッチ』も『昴』も名作だが、どれほど優れた内容であるとしても、あくまで「過去の名作」であることに変わりはない。

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 スポーツマンガの描写はそこから、さまざまな意味で変化しているのだ。

 私見では、スポーツマンガは戦後の素朴な作品から『巨人の星』、『あしたのジョー』、『キャプテン』などの熱血スポコンマンガに至り、それが『タッチ』で少し白けた路線へと変わり、その後、『SLAM DUNK』、『H2』、『昴』などの「天才マンガ」の時代を経て、『黒子のバスケ』、『アイシールド21』といった「ポスト天才マンガ(能力特価マンガ)」に到達したと考えている。

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 これは「努力」と「才能」という概念のバランスで考えるとわかりやすい。スポコンマンガはすなわち努力マンガであり、行動経済成長者の社会を背景に、底知れず努力すればどんな夢も叶うという幻想を描いたが、あだち充は『ナイン』と『タッチ』でその構造をとん挫させた。

 そして、傑出した才能を持つ天才を主人公にした「天才マンガ」の時代が来るわけだが、その後、「一芸」を窮めた天才ではない人物が戦う「ポスト天才マンガ」が登場してくる。

 これはつまり、「才能で劣った人間が、どのようにして比類ない天才に勝つか」というテーマだったわけであり、そのアンサーは、『HUNTER×HUNTER』ではないが、「組み合わせを活かす」というものだったように思われる。

 そこから現代では「総合マンガ」ともいうべき、「才能」も「努力」も「動機」もすべて使った戦いが描かれる領域へ入り込んできているように感じられる。

 この路線は『ベイビーステップ』あたりが端緒となっているようだが、現代においてその頂点を描いているのは『アオアシ』と『メダリスト』だろう(『ダイヤモンドの功罪』はまたちょっと路線が違いそうだ)。

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 とくに『メダリスト』は、あらゆる意味で現代のスポーツマンガのピークというべき作品である。

 フィギュアスケートにおいてオリンピックのメダリストをめざす少女たちの戦いといえばあたりまえのマンガのようだが、「そもそも出生も才能も環境も戦いに挑むまえの前提条件のがまったく違う」という絶対的で現実的な不条理を前提としたすさまじい戦いは、読んでいて感動を通り越し慄然たる空恐ろしさすら感じる。

 ここで描かれているものは決して「大谷翔平を超えるような大天才」ではないが、しかし、テーマとしては「大谷翔平や藤井聡太や羽生結弦のような超絶的なアスリートはどのようにして生まれてくるのか」ということを語っているように思える。

 そして、過去、さまざまな名作スポーツマンガを経て生まれてきたこの作品は「ようするに天才なのだ」という天才幻想、あるいは才能神話をはるかに超えたところですべてが描かれる。

 もちろん、天才はおり、才能には格差がある。しかし、この作品においては、もはやそれは「単なる当然の前提」であるのだ。

 これは『鬼滅の刃』や『呪術廻戦』といった作品で描かれる「そもそも持って生まれたものがまったく違う者どうしの戦い」というヴィジョンとパラレルだといって良いだろう。

 現代のスポーツマンガは大谷翔平そのものは描けていないかもしれないが、ある意味ではやはり大谷翔平を生んだその時代を描いている。そういう意味では、スポーツマンガはいま、最高に面白い。

 とりあえず未読の方は来年、アニメ化される予定の『メダリスト』を読んでほしい。壮絶無比にして究極美麗、ワールドトップアスリートの頂をめざす「天才少女」たちの最高に残酷な戦いが、そこにある。

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