先日、『アポカリプスホテル』というタイトルのテレビアニメの企画が発表された。
事件である! いや、アニメの企画そのものは一年に何百本もあるわけで、よほど特徴的なものでないかぎり(『エヴァ』の新作をテレビシリーズでやります、とかさ)さほど話題にならないのだが、それでもやっぱりこの作品は事件であり、ネットのある箇所は激しくどよめいている。
いったいこの聞き慣れないタイトルのどこが事件なのか? じつは、「あの」竹本泉がキャラクターデザインを務めているのだ!
こう書いただけで「まあ、なんということでしょう!」となる人もいると思うが、そうでない人のためにいちおう説明しておこう。
竹本泉は、少女マンガ雑誌でデビュー、その後はマニア(まあつまりオタク)向けのマンガ雑誌とか、ゲーム雑誌などで連載を続け、その類例のない作風で一部ではきわめて高い評価と熱狂的な支持を集める「特殊作家」だ。
どこが特殊なのかというとひとことでは説明できないのだが、まあちょっと形容しがたいような奇妙なお話を何十年にもわたって一定のペースで描きつづけているところにこの作家の特色はある。
世の中にはたしかにとんでもないアイディアを捻り出す作家はいて、そういう人はその過激なまでのオリジナリティによって天才の名をほしいままにしたりするが、しばらくすると消えてゆく。
「天才のキラメキは短いものだ」とはしげの秀一『バリバリ伝説』のセリフだが(古くてすいません)、並外れた発想力はそう長くは続かないものなのだ――「ふつうの天才」の場合は。
ぼくは竹本泉もなにげに天才なのではないかと思うのだが、この人が「ふつうじゃない天才」であるところは、とんでもない発想の作品をまったく衰えることなく延々と延々と延々と!描きつづけているところ。
いやもう、アイディアが尽きるということはないのか!?と思ってしまうしまうくらい、衰えることも変わり果てることもなく、あいかわらず「うーん、うじゃうじゃ」なマンガを描きつづけている。
しかも時代が変わってもとくに古くなる感じもせず、その奇想はますます冴えわたり、そのほのぼのはいっそうほのぼのしていて、時代に置いて行かれるようすはまったくないようなのだ。
もちろん、最近になっても新作を発表しつづけているバリバリの現役作家である。すごいや。
どうやら非常に絵を描くのが速いという話で、常識では考えられない速度で生産しているのだというけれど、それにしてもほとんど休みなく毎年あたらしい作品を生み出しているのはちょっと常識に反している感じ。
ちなみに『エマ』、『乙嫁語り』の森薫はこの人のファンなのだが、対談した歳、かれのあまりの速筆に絶句したとか……。いやはや、世の中にはよくわからない才能を持った人がいるものです。
それでは、その「他に類例がないほど独創的な」作風とはどのようなものなのかというと――これがちょっと説明しづらい。
「そのアイディアはいったいどこから出てきたの?」といいたくなるような破壊的なアイディアと可愛い女の子、そして何ともほのぼのとしたあたたかい雰囲気が混ざりあっている――と書いても、竹本泉の何を説明したことにもならないだろう。
たとえば、代表作(というか、いちばん長く続いているシリーズ)『ねこめーわく』は、人間たちがひとりもいなくなった世界にすむ、二足歩行しひとの言葉をしゃべる猫たちに召喚された女の子・百合子の話。
その猫たちは人間の文明を維持するため、たったひとり長い宇宙旅行から帰ってきた宇宙飛行士のヘンリーのほかに生きた人間のアドバイザーを必要とし、そのために彼女を呼び出したのだった。
こうして、百合子はあたりまえの女子高生生活をしながらときどき猫の世界に呼び出される世界で唯一の女の子となる――。
うーん、こうまとめてみてもよくわからない話だけれど、じっさいこういうストーリーなのだからしかたない。物語は百合子とヘンリーのラブコメになりそうでならない関係を追ったり追わなかったりしながら、ゆるゆると続いてゆく。
この独自のテンポが非常な魅力で、竹本泉のマンガはじっさい、どんなに精神的に追い詰められたときでも読むことができる稀有な個性をそなえている。
それはもう、ほかのどんな作品も読むつもりになれないほど追い詰められていても竹本泉だけは読むことができるのだ。
ほんとうにふしぎだけれど、そのくらいかれの作品は悪意がない。どこまでも純粋にほのぼのしている。そして、その上でわけがわからない世界が展開するわけなのだ。
あまりにも独創的なので比較対象になる作家が他にいない作家である。いや、ひとつひとつの要素を取り出せばいくらか似ている人はいるのだろうけれど、「総体」として見たとき、少しでも似ている作家はいないのではないかと思ってしまう。
ただ、あまりにオリジナリティが高すぎるため、一部のマンガファンのあいだでは確実に高く評価されながらも、テレビアニメなどには恵まれていない(企画が途中まで進行した作品はいくつかあったようだけれど、ぽしゃってしまっている。ただ、ゲームはいくつかある)。
おかげで、マイナーメジャーというか、「知る人ぞ知る」作家にとどまっているのではないか。
いや、そうはいっても一部の界隈では非常に有名で、知っている人はだれでも知っているんですけれどね。
とにかく、その数ある作品はいずれも素晴らしく面白いので、ぜひぜひ読んでもらいたいものだ。そういったなかでも個人的に白眉と感じているのは『アップルパラダイス』のある一話。これはすごい、すごすぎる。
ある日、隕石が降ってきて世界が滅亡に瀕することになる――という、まあありふれた展開ではあるのだけれど、この解決策がとんでもない。ほんとうにとんでもない。
平穏な日常もののなかにとつぜん世界が滅びかけるエピソードがインサートされる時点でどうかと思うのだが、それを強引に解決してしまうこの発想は空前絶後なのではないか。
その他にも『しましま曜日』はある「服に着られてしまう」女の子の話だったり、『ちょっとコマーシャル』はある日とつぜんテレビのCMが流れなくなってしまったので原因をさがしにいくと、とんでもないものが待ち受けていたという話だったり、「ほんとうにいったいどこからその発想は出てくるのですか?」というストーリーがたくさんある。
こういう作家のことを「奇妙な味」というのかもしれない(たぶん違う。というか絶対に違う。竹本泉はあくまで唯一無二)。
まあ、いまからでもそのオンリーワンの天才を味わってほしい。すごいから。くりかえすが、すごいアイディアの天才作家は他にもいるものの、たいていどこかで表現がエスカレーションして壊れるわけなのである。
竹本泉はいわば「決して砕けない宝石」で、その意味でもスペシャルなのだ。
うーん、うじゃうじゃ。