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SF小説はべつに衰退していないそうですよ。

 先日、その当時の『SFマガジン』の編集長である今岡清さんが『ガンダム』ノベライズの掲載を断わった話を回想していて、それにその頃のいわゆる「『ガンダム』SF論争」が絡んでちょっと話題になった。

 個人的には、ある雑誌の編集長がその編集方針にもとづいて原稿を不掲載にすることは、たとえ相当の人気作品であろうとあって当然だと考える。

 そもそも、ファンが大勢いるなら雑誌のカラーに合っていなくても掲載するべきだ、掲載しなくてはならないなどと、何の根拠があっていえるだろうか。

 これはべつだん、その作品を低く評価したということではないだろう。

 それぞれの雑誌にはそれぞれの個性があり、それにマッチしているかどうかを決める権限は最終的には編集長にある。

 べつだん、どこもおかしいところはない。『ガンダム』だろうが『イデオン』だろうが、自分の雑誌と合っていないと考えるなら載せないという判断はあって良いだろう。

 本人もいう通り、「石頭」といえばそうかもしれないが……。

 ところで、個人的に面白いのは、このツイートに言及している人の多くが「その後、SFは衰退した」と認識しているらしいことである。

 あげくの果てには、今岡氏の「選民意識」を指摘する人もいる。

 べつに『SFマガジン』の掲載にふさわしい作品のほうが高度だとか高尚だなどと、ひと言だって書いていないだろうに。書かれていないものをニュアンスで読み取ってしまう人は恐ろしい。

 ぼくが個人的に興味深く感じるのは、SF業界の内部では、いまのSF小説はべつに「衰退した」とは受け取られていないということである。

 もちろん、そのことについてSF業界の統一見解があるわけではないから、「SFはすっかり衰退してしまった」と考えている人がいないわけではないだろう。

 とはいえ、ぼくが見聞するかぎりにおいては、多くのSFファンたちは、現在をSFの何度目かの黄金時代とすら捉えているようなのである。この「ズレ」はちょっとすごい。

 このように書くと、どこが黄金時代だ、『SFマガジン』以外のSF雑誌はなくなってしまったし、その『SFマガジン』にしても隔月刊化したありさまではないか、あきらかにSFは衰退したのだ、その事実を謙虚に認めよ、と迫って来る人もいるかもしれない(いないかもしれない)。

 しかし、ひとつ雑誌の売り上げだけを取ってあるジャンルの盛衰を語ることはいかにも一面的である。

 たしかにある面ではSFは衰退したのかもしれないが、べつの面では最高の繁栄を遂げているといえなくもない。

 この場合、何をして「衰退」とか「繁栄」と定義するかということがとても大切なのだ。

 SFファンではない人たち、現在のSFを読みすらしていない人たちが「SFは衰退した論」を、あたかも自明の事実であるかのごとく語っているのは、セールスの問題が大きいだろう。

 「早川文庫JAなどから出て来るSF小説は一般的に見てたとえばライトノベルなどのように売れていないよう見える。つまりこれはSFが衰退してしまったということの何よりの証拠だ!」といったリクツだと思われる(そのライトノベルも最近は衰退を囁かれるようになっているわけだが……)。

 だが、これは作品の質や内容をまったく無視した意見である。作品のセールスが重要でないとはいわないが、それがすべてでもないだろう。

 売れていなくても優れた作品はある。逆に売れていてもくだらない小説もある。

 セールスはあるジャンルの盛衰を語る際、ひとつの尺度にはなっても、唯一のアンサーにはならない。あたりまえといえば、あたりまえのことである。

 とはいえ、出版がビジネスである以上、セールスの問題を無視し切れないこともたしかで、その証拠に、「SFは売れない」とまことしやかにささやかれたある時期、「SFクズ論争」というものがあった。

 これはSF業界の古参である鏡明氏が「現在のSFはすべてクズである」というようなことを述べたところから始まった一連の論争であり、『本の雑誌』や『SFマガジン』を中心にSFファンの社会をまさに震撼させた。

 そうして昼となく夜となくカンカンガクガクのやり取りが繰り広げられ、その後、SFは色々な意味で発展したりしなかったりし、そして今日があるわけである。

 その「いま」、ぼくが管見するかぎりでは、SFファンのあいだでは国産、および翻訳のSFはひじょうに面白いということになっている。

 もちろん、現状に対して否定的な人がいないわけではないだろうが、ぼくの個人的な視点から見ても、昨今のSFのレベルはかなり高いと思う。

 どれほど読み耽っているわけでもないから、あまり偉そうに語ることもはばかられるが、特筆するべきは短編の充実である。

 ひとつSFのみならず、文芸全体で長編が重視され、短編が軽んじられる傾向が見られていた昨今、だが、SF界隈ではアンソロジーを中心に読むべき短編が多数見られる。

 純粋なビジネスとしては「うまみ」が少ないであろう短編の充実は、SFを愛してやまないSF作家や編集者の努力の賜物と見るべきだろう。

 古参のベテラン作家から、有望な新人作家まで、さまざまな人たちが色々な場所で筆を競い合っているところは見ていて楽しい。

 また、海外に目を向ければ、『三体』という途方もない作品を初めとする中国SFの翻訳が始まっていることにも注目させられる。

三体

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 アメリカやイギリスのSF業界では、ヒューゴー賞やネヴュラ賞といった古い文学賞でも、古典的な意味でSF的な作品はあまり見受けられなくなっているとも聞くが、大森望をして「野蛮」といわしめた『三体』などの翻訳はじっさい、素晴らしい。

 『火星の人』のアンディ・ウィアーの『プロジェクト・ヘイル・メアリー』などもその驚異的なリーダビリティで読む者を魅了する。

 個人的に、現代のSFの多くはやはり気軽に読むにはハードルが高いところもあるし、『ラーメン再遊記』でいうところの「退屈な本物」に近づいている予感もしなくもない。

 だからSFがある種の「美しいたそがれの時代」を迎えているといえば、そうではあるかもしれない。

 だが、「クズ論争」から数十年が経ち、いま、なお、SFは出版されつづけている。一概に「衰退した」と決めつけることはできそうにない。

 たとえば、商業的な意味では相当の繁栄を窮めながら空虚にも感じられるネットの異世界小説と比べて、どちらがどう優れているか、劣っているかといったことは、容易に決められるものでもないだろう。

 とりあえずいえることは、SFの陽は、いまもまだ沈み切ってはいないということである。

 優れた作品は、長編にしろ短編にしろ、国産にしろ翻訳にしろ、たくさん出て来ているし、そのなかには雑誌『百合姫』の表紙で一年にわたって連載された(!)『百年文通』のようなキュートな秀作もあったりして、あなどれない(オススメです)。

百年文通

百年文通

Amazon

 ひょっとしたら「お楽しみはまだまだこれから」なのかもしれない。

 衰退した、滅亡したといわれつつも、SFはいま、元気にひとつの「夏の時代」を謳歌している。

 食わず嫌いせず、どれか一作いかがですか。意外に面白いかも、しれないよ?

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