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ウクライナ戦争、ガザ紛争や台湾有事が現実問題となったいま、マンガは「異質な他者」をどう描くか?

 いま、人類社会は「分断と対立の時代」を迎えているといわれている。

 拡大する経済格差や、さまざまな政治思想、そしてそれぞれの立場における「正義」の対立が否応なく分断を生み、人々の距離を遠ざけているのだ。

 ネットを見れば、だれもが自分の地位に不満を抱え、「正当な権利」を要求して思想闘争を続けているようにも見える。

 かつては「強者」の象徴であったマジョリティの中高年男性すらもが、いまでは「ほんとうは自分たちこそ弱者なのだ」と堂々と主張し、それが支持されて言論部族を形成するありさま。

 もう、こうなっては、何が正当で、何が不当なのか、正確に判断することは困難というより不可能に近くなってしまっているとも思える。

 ひとついえることは、ほとんどだれもが「自分たちのグループ」に都合が良い主張を行い、それを正義と捉えているということ。

 ロールズの「無知のヴェール」を持ち出すまでもなく本来、正義とは自分たちのグループに含まれない他者をも公平に平等に扱うことを意味する概念であるはずだが、いまとなってはその大義は忘れ去られてしまい、「分断と対立」は深刻化する一方のようでもある。

 そして、いたって当然ながら、そのような現象はエンターテインメント・フィクションにも広範な影響を及ぼしている。

 日本のマンガのなかでこの「分断と対立」を最高の形で描出した作品は衆目の一致するところ、『HUNTER×HUNTER』のいわゆる「キメラアント編」であろう。

 超人的な力量を誇る「ハンター」たちの活躍を描くこの作品では、中盤、「キメラアント」と呼ばれる怪物的な種族が登場する。

 人間をはるかに超越した能力を持ち、ただひとりの「王」によってひきいられる蟻と人のあいまの者たち。

 かれらは人間の言葉を話し、コミュニケーションが可能な存在ではあるのだが、それにもかかわらず、人間とはまったく異なる精神構造を持ち、決して理解できない存在として描かれる。

 まさに分断と対立の構図である。キメラアントとはつまり「まったく相容れない価値観をもつ他者」の象徴であるのだ。

 ただ、かつてのSF小説などでは、この種の「相容れない他者」は対話そのものが不可能であり、その関係は「どちらが生き残るかをかけた殲滅戦争」の形で描かれることが多かったように思う。

 グレッグ・ベアの傑作中編『鏖戦』やオーソン・スコット・カードの長編『エンダーのゲーム』を読むとき、その酷烈を窮める「殲滅戦争」のありかたに戦慄を覚える。

 カードは『死者の代弁者』以降においてその形に疑問を呈しているわけだが、いずれにせよ、「コミュニケーション困難な相容れない存在」との対話は絶対暴力という形を取るのである。

 日本でいえば庵野秀明監督による『トップをねらえ!』だろうか。

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 この傑作アニメーションではなぞの「宇宙海獣」との巨大な戦いがあり、人類は銀河を破壊しながらも何とか生き残る。それもまた、ひとつの「殲滅戦争」の形である。

 そこでは、「共存」の不可能性が前提となっており、一切のコミュニケーションは不可能である。

 一応は会話し、意思を疎通させることができるキメラアントとの違いは明らかだろう。

 どうもこの種の「異質な他者」の描写のしかたが変わって来ているように感じられる。

 もうひとつ、「コミュニケーションは可能だが異質な他者との関係」を描いた大傑作に『進撃の巨人』がある。

 この作品では、クライマックスにおいて、ある種の「殲滅戦争」の果てにギリギリのところでの共存が図られる。しかし、それは最後の最後でまた「殲滅戦争」の可能性を示唆する。

 希望とも、絶望とも取れるあいまいなエンディングである。

 だが、これを「コミュニケーションは可能だが異質な存在」との「共存の不可能性」を描いた作品として見るならきわめて示唆的だ。

 この物語は『HUNTER×HUNTER』と同じく、結局のところ、コミュニケーションが可能だからといって共存が可能なわけではない、と示している。

 ここで描かれているものは『トップをねらえ!』のときのような「まったく意思の疎通が不可能な他者」ではない。

 しかし、それにもかかわらず、共存はきわめて困難であり、ほとんど不可能に近いと考えられる。

 この作品が出したアンサーはまったくの「絶望」ではないかもしれないが、「共存不可能な存在とどう向き合うか」という重いテーマに直結している。

 一定のコミュニケーションが取れることは、わかりあえることを意味しない。冒頭に書いたように、この深刻な「他者」像は、「分裂と対立の時代」の構図を象徴するものである。

 現代日本が置かれたシリアスな国際環境とも無関係ではないだろう。

 現代においては「悪」はこのように描かれるという好例である。

 また、『ゴブリンスレイヤー』などを見ると、そこでゴブリンが「存在そのものが悪」として描かれていることにいささかの居心地の悪さを覚える。

 物語内では、ゴブリンが「絶対悪」であることは「客観的な事実」であるわけだが、それが何を象徴しているかと考えると、ほんとうにそれで良いのかと考えてしまうわけだ。

 たとえばこのような意見は理解できる。

 とはいえ、「話せばわかるはずだ」というのもいかにも欺瞞的である。

 これは『鬼滅の刃』の「鬼」をどのように捉えるかという問題とも直結する。

 「鬼」を絶対に相容れない野獣のような存在と受け止めると、たとえばこのような意見が出て来る。

 「鬼」もまた、「コミュニケーションは可能だが相容れない存在」である。

 『鬼滅の刃』では、それは絶対に共存不可能な存在として描かれつつ、「善い鬼」の存在も描写されたわけだが、やはりその発想はどこか「気持ち悪い」。

 しょせん欺瞞的なのではないか、という疑いが挟まれる。

 そして、このテーマの最新の形は『葬送のフリーレン』の「魔物」だろう。

 この作品においては、「魔王」や「黄金境のマハト」が「人間との共存」を試そうとしている一方で、主人公たちは「殲滅戦争」をためらわない。

 いったいどちらが正しいのだろう? もちろん、「徹底して異質な他者」をあいてに善だとか悪といった観念を持ち出すことそのものがむなしく、どちらが生き残るかをかけた殲滅戦争以外に答えはない、という古くて新しいリアリティはこの作品でも通底している。

 とはいえ、このテーマが深化していくなかで、どこかで「共存」を考えなければならないこともまたたしかだと感じる。

 当然、それは、単なるきれいごととしての「みんな仲良し」であってはならない。

 コミュニケーション可能ではあるが価値観的に決して相容れないあいてと、限りなくギリギリのところで「ともに生きる」ということ。

 それがどのような描写になるのかは現時点では何ともいえない。『葬送のフリーレン』の今後の展開には期待したい。わたしたちが見たことがない、ひとつの光景を見せてもらえるかもしれない、と考えている。

 わたしたちは自分たちにとっての「絶対悪」と共存できるだろうか?

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