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「ホス狂い」は「依存症」なのか?

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 それでは、記事へどうぞ。

【ホス狂いという名の「病」】

 「ホス狂い」という現象をひとつの「病」と捉えてみる。何が見えてくるか?

 ホストクラブに入れ込んで何百万、何千万というお金を費やしてしまい、売春に手を染める女性たちの存在が社会問題化しています。

 個人的には、若い女性たちの「ホス狂い」は厳密に医学的な意味で依存症といえるかどうかはともかく、あきらかに依存症と同様の機序によって起こっている現象であると考えています。

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 より正確には、依存症t的になりやすい心の空洞を抱えた若い女性たちを誘い込んで多額の金銭を集金する搾取経済的なシステムがホストクラブを中心に成り立っていると見るべきかと。

 さらにいうと背景にはおそらくポスト近代社会特有の空虚さと孤独感がある。社会福祉学研究者の原田和弘さんがいうところの「実存的貧困」ですね。

【やめたくてもやめられない】

 このようなことも書きました。

 つまり、小熊は1968年のこの頃、「日本が高度成長によって発展途上国から先進国に変貌していく状況」のなかで、すでに「アイデンティティの不安・未来への閉塞感・生の実感の欠落・リアリティの希薄さ」といった現代的不幸(現代的な「生きづらさ」)があらわれ始めていたといっているわけです。

 その「現代的不幸」とはつまり佐々木さんが「ポスト近代の普遍的な悩み」というものでもあり、「ホス狂い」や「カルト宗教」はそういった問題のいわば「症状」であるといって良いと思います。

 もっとも、日本全体が「先進国」から転がり落ちようとしているかに見える現代においては、いったんは乗り越えられたはずの「戦争・貧困・飢餓」といった「近代的不幸」もまた復活してきており、現在の若者の「不幸」はいわば「現代的不幸」と「近代的不幸」のミックスの様相を呈してきているといえそうです。

 が、ともかく「現代的不幸」の問題は現代、即ちポスト近代に共通の問題として世界各国で確認することができる。とくに日本特有の問題ではないわけです。

 とはいえ、たとえそういった不安定な時代であっても、あたたかい家庭に生まれていたり、何でも話せる親友がいたり、無条件で受け入れてくれる恋人に恵まれていたりという人はある程度は安定した人格を育めることでしょう。

 そういった広い意味での「愛の次元」で「承認」された人が飢餓的な「承認欲求」を抱え込むことは、ないではないにしても少ないに違いありません。
原田和広は「愛」や「法」などさまざまなレベルで「承認」を欠いた「孤絶」の状態を「ポストモダン社会における新しい貧困」とみなし、「実存的貧困」と名づけています。

 「ホス狂い」が「実存的貧困」のひとつの「症状」だと考えると、どう考えても単純にホストクラブを法的に規制しただけで解決するとは思えない問題ですね。それどころか事態はより悪化するかも。

 「ホス狂いになるような人は自分で選んだのだことなのだから自業自得」と言及している人も散見されるけれど、他の依存症患者などと同じくそうならざるを得ない社会的な孤立と内面的な問題があると考えるべきでしょう。

 人生が充実していて楽しくてしかたない人はちょっとホストとかに嵌まってもそこまで深入りしないでしょうから。

 ぼくもほんとうに好きでホスクラを楽しんでいる人は放っておいても良いと思うんですよ。

 でも、売春までしてホストに何百万も何千万もつぎ込んで高い酒を飲んで心から満足している女性がどれだけいることでしょうか。

 むしろ多くの場合、「やめたくてもやめられない」依存の構造があるのだと考えるのが妥当なのではないでしょうか。 

 「ホストクラブがあまりに楽しくてしかたないからやめられなくなっている」とは限らないということです。

 「楽しくてやめたくないからやめないに違いない」とは、「麻薬中毒者は快楽にひたって抜けられなくなっている」と同様の、依存症に対する典型的な誤解から来ている認識だと思うんですよね。

 依存症的な反復行為は好きで続けていることじゃないということがまったく理解されていない。あるいは理解されているとしても否定的に捉えられている。

 だから、ほんとうにホストとの疑似恋愛や依存的な人間関係から抜け出させるためには、その人のどうしようもない孤独や内面の深い問題を解決する必要があるし、それっておそろしくむずかしいことなんですよね。

 

 

 公的機関はまずここまで書いてきたような問題があることそのものを理解していない可能性もあり、当事者に拒絶される割合は高いと思う。

 上から目線のパターナリズム(父権主義)で「保護」してあげようとしても、おそらく拒絶されます。そこに信頼関係がないからです。

 孤独に生きてきた若者であればあるほど、大人や社会への不信感を募らせている。そう簡単に受け入れてもらえるはずもありません。

【問題の本質はどこにあるのか?】

 「麻薬と同じで手を出したやつの自己責任」というようなことをいっている人もいるようですが、麻薬に対しても過度の重罰化が事態を悪化させた事実が存在します。

 「悪い奴」が自分の意思で犯罪を行うのだから、法的に対処すればそれだけで十分だという意見は、本質的に問題を捉え切れていません。

 結局、だれかを捕まえて罰すれば良いということじゃないんですよ。問題は薬物やホストクラブそのものじゃなくて、その人にとってそういうことしか救いがない状況なんだから。

 もちろん、違法売春女性という「同情しがたい弱者」に対し共感が湧かないのはわかります。

 でもね、それってようするに自分にとっての「かわいそうランキング」が低い相手はどうでも良いという、一部フェミニストとかがいわゆる弱者男性に対して取った態度とパラレルでしかないですよね。

 良いんですか、そのレベルで。ぼくはイヤだぞ。少なくとも扇動的な「フェミ」よりマシなレベルの人間でいたい。

 「ホス狂い」の女性たちもまた、「共感も同情もされがたい弱者」なのです。その存在に、光を。

 ぼくは、そういうふうに考えています。

【さいごに】

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 それでは、またべつの記事でお逢いしましょう。