先日! 新川直司さんの最近作『さよなら私のクラマー』全14巻を一気に読み終えました。
これが、面白い。この作品は新川さんがヒット作『四月は君の嘘』のまえに短期連載していた『さよならフットボール』の続編で、女子サッカーを題材にしています。
いかにもこの人の作品らしく、軽快なテンポで紡がれるフットボール女子たちの物語は多くの読者を魅了しましたが、その、唐突とも受け取れる結末は「打ち切り」といわれ、さまざまな憶測を呼んでいます。
それでは、『さよなら私のクラマー』はほんとうに「打ち切り」だったのでしょうか?
私見を述べてみました。ご一読いただければ幸いです。
物語は前作『さよならフットボール』に始まっています。
この作品の主人公は男子に混ざってフットボールに励む少女・恩田希。
彼女はほとんど天才的な才能を持ちながら、女子ということで試合に出ることができません。
しかし、あるとき、彼女は男装して他の選手と入れ替わり、試合に出ることにするのですが――と、『さよならフットボール』は進むですが、『さよなら私のクラマー』では、その恩田が女子サッカーのチーム「ワラビーズ」に入って活躍します。
彼女は抜きん出たフィジカルを持っているわけではないものの、その技術はまさに至上。
しかし、ワラビーズはへいぼんな弱小チームに過ぎず、そのままではその才能を活かし切れません。
ところが、この「弱小」ワラビーズにも意外にも色々な才能が集まって来ており、と話は続きます。
序盤で全国最強のチームに大敗するあたりは「お約束」という感じですが、そこから先は予想外の展開が待っています。
はたして、恩田の活躍は報われるのか? そして、まったくやる気のない監督がやる気を出すことはあるのか? 女子サッカーに未来はあるのか?
スリリングなエピソードの数々が待っています。
それでは、じっさいのところ、『さよなら私のクラマー』は打ち切りだったのでしょうか?
たしかに、この作品の終盤の展開が相当に唐突に感じられることは事実で、「打ち切り」疑惑が囁かれることはわかります。
しかし、結論から書いてしまうと、おそらくそうではないでしょう。むしろ、かなり計算された展開だったと見るべきかと思います。
クライマックスの時点でワラビーズは登場したチームとひと通りの試合は行っており、おそらくそれ以上の展開は蛇足であるという判断があったものと思われます。
もちろん、ワラビーズは全国優勝を成し遂げたわけでもなければ、その名前が全国に響き渡ったわけですらありません。
その意味では、「中途半端な結末」ということもできるでしょう。
ですが、この作品のコンセプトは、そのレベルの「勝った、負けた」というところにはないと思うのです。
これは作品のテーマと深くかかわっていることですが、必ずしもワラビーズを勝利させる、あるいは優勝させることが作品の目的ではない。
むしろ、恩田が自分のやりたいこと、あるいはやるべきことを明確に見いだした時点でこの物語は終わり、という判断があってもおかしくないとぼくは考えます。
これは、赤松健さんの『魔法先生ネギま!』がやはり「ラスボス」との決戦をショートカットして終わり、多くの読者の反感を買ったことと似ているかもしれません。
『クラマー』にしろ、『ネギま!』にしろ、おそらくはそれなりの目的があってそういう結末になっているはずなのですが、やはり読者は主人公チームが勝って終わるとか、ラスボスを倒してハッピーエンドといった定番の終わり方を期待するのでしょう。
もちろん、それは読者の自由なのですが、必ずしも作品がその期待に応えなければならないものでもない。
その意味で、ぼくは『クラマー』の終わり方も認められるべきではないかと思います。
『クラマー』は、一本の劇場版を含めて、アニメ化されています。
同じ作者の『四月は君の嘘』はまず傑作といって良い仕上がりだったこともあり、事前ではかなり期待されていた作品だったように思うのですが、残念ながら結果としてはいまひとつの評価に終わってしまいました。
何より、作画が安定しなかったことが大きい。一部でささやかれるような「作画崩壊」がどの程度あったかは見る人の目しだいですが、少なくとも原作の繊細なタッチと、魅力的な演出をアニメーションとして再現することはできなかったように思います。
その意味では、やはりもうひとつ盛り上がり切らないアニメであったと見るべきでしょう。
とはいえ、作品の評価はその人しだい。じっさいに自分の目で見て確かめてみるのが良いかと思います。
また、前作のタイトル「さよならフットボール」(全然さよならしていない)に続いて、今作は「さよなら私のクラマー」と題されています。
ところが、登場人物にはクラマーという人は出て来ません。
いったいこのタイトルは何を意味しているのでしょうか? 答えは最終回で明示されています。
この場合の「クラマー」とは、ドイツのドルトムント出身の指導者であり、日本サッカーに大いに貢献した「デットマー・クラマー」氏のことを指しているのです。
「私の」クラマーとは、「私にとっての恩師」、あるいは「最良の指導者」といった意味なのでしょう。
この物語におけるワラビーズの指導者である深津監督は、一旦は指導者として挫折し、いまは拗ねたようにやる気のない指導を行っている人物です。
この深津が、まさに「私のクラマー」になるまでを描いたのがこの物語だったといえるのではないでしょうか。
また、この物語の主人公は一応は恩田希ではあるようですが、現実には恩田ひとりのストーリーというわけではなく、ワラビーズを初めとした色々なチームの選手たちひとりひとりが主人公ともいえると思います。
その意味で、この作品はまさに「群像劇」であり、女子サッカーに関わる人間たち全員のありかたがテーマなのではないかと見ることもできます。
作中では、くり返しくり返し、女子サッカーを続けることがいかに困難なことであるのかが強調されます。
じっさい、女子がフットボールを行う環境はまったく整っておらず、その意味で女子サッカーは「恵まれていない」のかもしれません。
ですが、『クラマー』はその重苦しさを強調するのではなく、あくまでも明るく、苦境を乗り越えていく少女たちを描いています。
したがって、やはりワラビーズが勝つか負けるかというところに主眼があるわけではなく、クライマックスの展開は必然だったのでしょう。
それは「打ち切り」などではなく、当然の展開だったのです。
『クラマー』の魅力は「女子サッカー」そのもの。
さまざまな意味で苦しい状況に置かれながらも、どこまでも明るく、爽やかに活躍し、その生まれ持った才能を開花させる女の子たちのエネルギーが、読んでいるこちらにまで伝わってくるような作品です。
王道の少年漫画ではあるものの、その繊細なセンス、描写は、むしろ少女漫画に近いかもしれません(恋愛描写はありませんが)。
その意味では、少女漫画的な感覚を活かしきった現代少年漫画の傑作と見ることがいちばん近いということになるでしょうか。
そういうわけで、ぼくは『さよなら私のクラマー』の結末は、べつだん打ち切りというわけではなく、ひとつの完成された結末だったと見ています。
たしかに物足りなさを感じないこともありませんが、「もう少し読みたい」というくらいで終わっていることが名作の条件のひとつであることを考えれば、これはこれで素晴らしい結末ということもできるのではないでしょうか。
新川さんの『四月は君の嘘』、『さよなら私のクラマー』に続く次回作を期待しつつ、この記事はここで終わることとします。
おしまい!
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