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非情な国際政治の現場では虐殺をも強姦をも許容しなければならないのだろうか?

 先日、ジャーナリストの佐々木俊尚さんがこのようなツイートを呟いていて、

 それに対しこのような反応があり、

 さらに佐々木さんがこう返答していた。

 非常に面白いというか、興味深い論点だと思うのでちょっと考えてみよう。

 さて、まず、わたしは個人的には佐々木さんの「論法」はまったく正当だと考える。

 Twitterのようなソーシャルメディアで一部のインフルエンサーたちが声高に叫び、何かとシンプルな考え方の人々の支持を得ている「どっちが善でどっちが悪かという二元論」は複雑な国際政治の現状にそぐわない。

 この場合でいえばあきらかにハマスとイスラエル、双方の行動に問題があるのであって、その一方を善とし、他方を悪とするような論法は控えるべきだろう。

 佐々木さんが他で紹介しているノア・ミスの記事から引用するなら、その「二元論」とはこのように醜悪なものになりえる。

まだこの件をあまり読んでない人のために言い添えると,ハマスの襲撃者たちは音楽フェスティバルを襲撃して,少なくとも260人の参加者たちを殺害し,他にも大勢の人質をとっている.さらに,襲撃者たちは周辺のイスラエルの街にまで攻撃を広げ,無差別に市民を虐殺してる.ハマスによる攻撃の死者総数は,現時点でイスラエル人1000人にのぼっている.さらに死者が発見されて,この数字は増えるかもしれない.焼かれた赤ちゃんたちも発見されている.捕虜・人質の一部をハマスが虐殺している様子を映した動画もある.ハマスは,処刑の場面を生配信して,犠牲者本人のフェイスブック・ページに投稿までしている.さらに,ハマスの戦闘員による強姦その他の虐待もたくさん報道されている.犠牲者には,11名のアメリカ人や他の国々の市民も含まれる.フェスティバルの参加者やそこで働いていた人たちだ.

これは,どんな戦争でなされようと戦争犯罪と正当に呼べる種類の行為だ.ぼくはウクライナを大いに支持してるけれど,もしもウクライナの戦闘員がロシアの音楽フェスティバルで虐殺を行ったら,それを厳しく非難するし,二度と同じ事態を起こさないようにウクライナ政府に要求する.でも,パレスチナ支持の集会を開いてるアメリカの左翼の多くは,市民を標的にしたこういう行為を解放の行為として称賛してる.それどころか,殺害について冗談すら飛ばしてる.

 これは自分たちの掲げるイデオロギーのために虐殺を正当化するアメリカの左派について批判した記事だが、「女性を強姦し赤ん坊を焼き殺して死体を写真に撮る」ような残虐無惨な行為も、かれらの主張によれば解放戦争の美名のもと肯定されるわけだ。

 まさに「二元論」がいかに人間の良心を麻痺させるかよくわかる記事である。

 わたしはそのような強姦や虐殺が国際的に許容され肯定されてはならない行為であることは当然にして自明であると考えるのでその点についてこれ以上説明するつもりはないが、どうだろうか。

 ただ、この話が面白いのは、「それにもかかわらず」、この無知プーさんが「日本も覚悟を決めてどちらの理念につくのか決める時期が来ているのです 中立論に陥ると結果全てを失うと思います。信用も仲間も」と語っていることである。

 つまり、ハマスでもイスラエルでも良いがどちらかにはっきりと味方してその「理念」を鵜呑みにすることが「現実」的であると主張しているのだと思われる。一種のリアリズムの論理である。

 わたしたちはこの考え方をどのように捉えるべきだろう。

 わたしは個人的にはやはり「二元論」特有の危険を感じるものである。

 現実的にどのくらいありえることかはともかく、もし仮に、日本政府がたとえばハマスを支持するとはっきり決めてその行為を全肯定するのであれば、女性を強姦し子供を虐殺するような残虐行為をも全肯定しなければならなくなる。

 一方、仮にイスラエルを支持すると決め、その行為をすべて肯定するのなら、これからイスラエルが大規模な民間人虐殺を行ったとしても、それを咎めることはできなくなる。

 どちらか一方を「仲間」とし、他方を「敵」とみなして、「仲間のやることは善。敵のやることは悪」と決めてしまうなら、たしかに「仲間」の信用は得られるかもしれない。

 しかし、それは徹底した「身内びいき」であるに過ぎず、そこに一切の正義は存在しないので、客観的正義にもとづく主張をすることはできなくなる。そのような態度がほんとうに日本の国益に叶うだろうか。

 これについては、このように呟いている人がいる。

 そのとおりだと思う。ここからさらにやり取りは続いている。

 さて、Fineさんの主張は「めちゃくちゃ」だろうか。

 わたしはまったくもっともなものだと思う。「やられたのだからやる」ことが理性的だというのなら、戦争や虐殺は永遠に続くばかりだろう。

 また、「ハマスが先に国際法を破ったのだからイスラエルが国際法を遵守する必要はない」などという理屈が許されるなら、そもそも国際法など必要ない。

 無知プーさんのロジックに賛同することはできない。

 ただ、わたしがこのやり取りを取り上げたのは、べつだん、無知プーさんをあげつらいたいからではなく、佐々木さんの「正義とバランス」の論理に対し「リアリズム」の論理で批判しようとするところが興味深いと感じたからである。

 あるいは曲解にあたるかもしれないが、無知プーさんはつまり、国際政治の現場で正義や倫理など守る必要がないといっているに等しいと考えられる。

 それが「現実」であり、ただ自分たちとその「仲間」の利益だけを考えていれば良いのだ、と。

 こういった主張をどのように捉えるべきなのだろう。

 そう、わたしはたしかに国際政治において「正義」が通らない場面があることを認めるものである。

 結局のところ、どの国も一面では自国の利益のために動いているのだから、ピュアな正義のために行動できるわけではない。それはそうだろう。それが「現実」ではあるだろう。

 しかし、「それでもなお」、わたしたちは「正義」や「倫理」を投げ捨てて「自分たちの仲間の勢力がやることは無条件に善、敵の勢力がやることは無条件に悪」などという短絡に陥るべきではないのではないか。

 それは過去数千年にわたって人類が営々と築いてきたすべての政治思想と平和の理想を放棄することだからである。

 つまり、ここでも綱渡り的なバランスが求められるわけである。国際政治の非情な現場において、自国の利益は確保しなければならない。しかし、そのために無辜の民衆に対する殺人行為を正当化するようなことがあってはならない。

 重要なのはそのつど自分たちに都合にもとづいて「国際法を遵守するべし」という原則を違えたりしないことである。

 もちろん、国際政治の現場において一定の「リアリズム」は必要だ。

 だが、だからといってそのつど「正義」を曲げるなら、だれもその「正義」を守らなくなり、結局は「力がすべて」の世界が到来するだろう。

 「それが現実なのだ」という考え方もあるかもしれないが、そのような「現実」を肯定することは、たとえば日本が他国に侵略されたとき、いかなる「正義」をも主張できなくなることを意味する。

 「力がすべて」。それはリアリズムというよりむしろニヒリズムの発想なのではないだろうか。

 わたしはそのような主張を認めることができない。それが「味方」であれ、「敵」であれ、だれかが子供を焼き殺そうとしていたら止めるべきだ。

 そのあまりにあたりまえの「正義」を、わたしはあくまで主張しつづけたいのである。

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