イーロン・マスクから路上売春、犠牲者意識ナショナリズムまで。Amazonの50%還元セールからほんとうに面白い30冊+αを紹介する。

●まえがき~面白い本、色々あります。

 ご存知の通り、読書は人生を変える。本との出会いは人との出会いに匹敵し、良いほうにも悪いほうにも甚大な影響を与えるのだ。

 ただ、人は意図して悪影響をもたらしてくることがあるが、本は基本的に読む者に何かを授けようという好意で書かれている。だから、大抵の場合、本を読むことで人は何か貴重なものを得ることができるわけである。

 以下に並べた30冊は、現在、AmazonのKindleで価格の50%が還元されるセールとなっている本から、あなたの人生に良い影響をもたらしてくれそうな良書を選び出したものだ。

 ビジネス、趣味、歴史、社会、文芸とそのジャンルは多岐にわたり、大富豪イーロン・マスクの伝記もあれば路上売春のドキュメンタリーもあるが、いずれもぼくが読んでとても面白いと思った本ばかりだ。

 ぜひ、これらの本を読んで、人生を少しだけ良い方向へ変えてみてほしい。ちなみにこの記事をぜんぶ読む必要はまったくない。気になるところだけテキトーに読んでみていただければ。

 あと、りゅうちぇるの本が「歴史/地理」に分類されているのはAmazonがそうカテゴライズしているから。ぼくの間違いではないのだ。ほんとだって。

 なお、セールは8月8月まで続く予定だが、あくまで予定であり、ぼくはいつまで半額がポイント還元されるのか保証できないので、あくまでAmazonのほうでご確認の上、自己責任でお買い求めになってほしい。

 よろしくお願いします。

●ビジネス/経済

①ときど『東大卒プロゲーマー』

 「ときど」という名前をご存知だろうか。もし知っているとすれば、あなたは格闘ゲーム、そしていわゆる「eスポーツ」に興味がおありなのに違いない。

 かれは日本でも有数の『ストリートファイター』シリーズのプレイヤーであり、そして「東大卒」という異色の経歴でも知られる男である。

 この本はそのかれの初めての単著なのだが、東大卒、そして「優勝回数世界一」というかがやかしい経歴を見ると、天才肌の人物の自慢話を読ませられてしまうのではないかといった警戒感を感じるかもしれない。

 しかし、そのような心配は無用だ。ここに書かれていることは、むしろ泥くさいほどの「挫折」や「努力」、そして「成長」の物語なのだから。

 サブタイトルに「論理は結局、情熱にかなわない」とあるとおり、ときどが組む知的にロジックは、圧倒的な情熱をまえにしばしば無惨に敗れ去る。そしてかれはそこから自分の論理を見直し、さらにひと回り大きく成長するのである。

 かれの業績は超人的だが、共感できるところは多い。まねをすることはとてもできないにしても。

②ウォルター・アイザックソン『イーロン・マスク(上)(下)』

 テスラやスペースXといった巨大事業を次々と成功させ、いまでは世界有数の大富豪にまでなったイーロン・マスクの上下巻に及ぶ大部な評伝である。

 マスクを囲むさまざまな人々の視点から、この特異きわりない人物を浮かび上がらせている。

 今回取り上げた本のなかから一作を選択して推薦しなければならないとしたら、ぼくはこの本を選ぶかもしれない。そのくらい、強い印象を受けた本だった。

 マスクはまちがいなく天才的な頭脳と強烈な意思を兼ねそなえた物語の主人公のようなスーパービジネスマンなのだが、それにもかかわらず、「愛」や「共感」といったあたりまえの感情をほとんど理解することができない。

 それゆえにかれの家庭生活は破綻し、周囲の人々からは嫌悪されたり憎悪されたりすることになる。

 何兆円もの資産を持っているにもかかわらず、かれは「地味で平凡な幸せ」だけはどうしても手に入れられない運命にあるようなのだ。こんなことがあるだろうか。

 愛について、富について、そして幸福についてじつに考えさせられる伝記だというよりほかない。

 強烈。

③保手濱彰人『武器としての漫画思考』

 面白い本だ。

 タイトルを見ればわかるのだが、この本が主張している内容はひとつである。それは「漫画を読めばビジネスがわかる。漫画を読めば仕事が面白くなる」というもので、思わず「ほんとかよ?」と思わずにはいられないような話なのだが、著者はたくさんの漫画を引用しつつ、この説を裏づけていく。

 著者はまた東大理科1類に現役合格し、在学中に経済産業省後援のビジネスコンテストで優勝したというバリバリのエリートだ。

 そこだけを見るとなんとなくいけすかないほどなのだが、かれによると、「ある一冊のマンガ」と出逢うまでは高校での成績は最低で、冴えない暮らしが続いていたのだという。まさに「たった一作のマンガ」が、かれの人生を変えてしまった。

 その一冊とは! 『寄生獣』である。

 かれはこの作品との出逢いを通して、「武器としての漫画思考」を身につけ、自らの人生をメタ視点で俯瞰的に見下ろすことを学び、生きかたを変えていったのだ。

 ね、面白そうだと思うでしょ? マンガとビジネスを重ね合わせる類書は他にもあるが、この本の熱量は突出していると感じる。マンガ好きにオススメの本である。

④竹村俊助『書くのがしんどい』

 しょうじき、これはぼくにとってはほとんど意味がない本である。なぜなら、ぼくはわりに書くことと読むことが好きでならない人間で、とくべつ「書くことがしんどい」とは思ったことがないからだ。

 この本は「書くのがしんどい」すべての人に向かって、「こうすれば楽に書けるようになりますよ」と訴えかけているのだけれど、はなから止められても書くタイプの人間のことは意識していないのだろう。

 だから、ぼくはこの本の中身をあまり真剣に読んではいない。ただ、「書くのがしんどい」と感じるタイプの人にとっては、意義のある本なのではないかと感じる。

 だれだって「しんどい」ことをやるのはいやなものだが、「書く技術」を身につけているのといないのでは、人生は必然に大きく変わって来る。その意味で、もしあなたが書くことを苦手としているのなら、読んでおくべき一冊なのではないかと思う。

 文章術というよりほんとうの意味で初心者向けの、「書くこと」に関する一種のマニュアルである。きっと役に立つ人もいるのではないだろうか。

⑤グラント・サバティエ『FIRE 最速で経済的自立を実現する方法』

 「Financial Independence, Retire Early」、つまり「早期で仕事を引退し経済的自立を成し遂げること」を意味する「FIRE」という概念を定着させたのは本書である。

 この本の冒頭には仏教界の大権威として知られるティク・ナット・ハンの言葉が引用され、単に「いかに楽をして暮らすか」といった次元の内容ではないことを予感させる。

 この本がめざしているのは、人々がそれをコントロールするのではなく、むしろそれによってコントロールされてしまう最大のもの、即ち「お金」を理性によって統べようということなのだと思う。

 大富豪になることはむずかしいとしても、一定の金銭を持って仕事を引退することはできる――それも、一般に考えられているよりはるかに早く。本書はそのような新しいライフスタイルを提唱するわけだ。

 もちろん、海外の本であるだけに日本の現状と合わないところは少なくないが、基本的な考え方を学ぶことはできる。じっさいにFIREするかどうかはともかく、発想の幅を広げておくことは大切なのではないだろうか。

●趣味/実用

⑥リンダ・グラットン&アンドリュー・スコット『LIFE SHIFT』『LIFE SHIFT2』

 ベストセラー『LIFE SHIFT』とその続編である。

 ここ10年の国内外のビジネス書のなかでも、おそらく最も高く広い視点から問題を眺めた本のひとつだろう。

 人生が100年にまでのびた時代を俯瞰し、いったいそのような時代にどのように生きていくべきなのかという大きなテーマを、フィクションをまじえ、いたって読みやすい文体で書いていく。

 ビジネスの専門書というといかにも難解な印象を受ける人もいるかもしれないが、少なくともこの本はきわめてリーダビリティが高いと思う。

 また、一部に予言的な内容もあり、たとえば「将来的にはデジタルな翻訳技術の進歩で言葉の壁は突破されることだろう」ということが「当然の前提」として書かれているのだが、皆さんご存知の通り、これは着々と現実になりつつある。

 完全に「言葉の壁」がなくなるわけではないにしても、それに近いことは起こるだろう。現代社会を生きるにあたってまさに必読の内容であり、あなたがビジネスマンでもそうでなくても手をのばしてみるに値すると感じる。

⑦アービンジャー・インスティチュート『自分の小さな「箱」から脱出する方法』

 ぼくはこのジャンルにあまりくわしくないが、この本はビジネス界隈では有名なのかもしれない。

 自分の小さな「箱」と名づけられた状態から脱出し、「ほんとうの現実」と向き合うことによって、自分や周囲の人生を好転させていく方法が書かれた、非常にためになる一冊だ。

 その「箱」とは、つまり「自己欺瞞」を指している。自分をだまし、あざむき、「自分は正しいのだ」と考える心理、それが自己欺瞞だ。

 人はさまざまなときに自己欺瞞の「箱」に入ってしまう。そしていったん入ったなら、そこから出て来ることは困難なものだ。

 人間はどこまでも自分を「正当化」し、たとえ自分が他者に害を加えていても、「自分こそが被害者なのだ」というロジックを巧みに組み立ててしまうからである。

 むしろ頭の良い人ほどそうやって自分を「欺瞞の箱」のなかに追い込む。本書の内容はきわめて平易で読みやすく、すぐに理解できるものだが、じっさいに実践することは容易ではないだろう。

 それほど人は簡単に「箱」に閉じ籠もる。本書を読むことがまず「脱出」の第一歩になれば幸いだ。

⑧つんく『凡人が天才に勝つ方法』

 「凡人が天才に勝つ方法」。そんなものがあるのだろうか。凡人では決してかわないからこその天才なのではないだろうか。

 たとえばアインシュタインやモーツァルトといった天才にただの凡人がどうにか勝てることなどありえるはずもない、そうではないのか。

 このタイトルだけを見ると、そのような疑問が次々と浮かんでくるかもしれない。しかし、この本であの「つんく」が書いていることは合理的であり、納得がいく。

 かれはじっさい、芸能界で何人もの「天才」たちを見てきたうえで、その「天才」に勝利できる方法論を示しているのだ。

 具体的には「多作」に尽きるのだが、とにかくもったいぶらないでたくさんの作品を生み出すことをつんくは奨励している。

 凡作であっても、何なら習作ですらかまわない。天才がたったひとつの傑作をつくるあいだに、こちらは「プロ」として「数」で勝負するのだということ。

 じっさいにやってのけた人がいうことには、つよい説得力がある。仕事であるいは趣味で、天才に挑んでみたい人はぜひどうぞ。お役に立つと思います。

⑨Pha『しないことリスト』

しないことリスト

しないことリスト

  • 作者:pha
  • 大和書房

Amazon

 世の中にはやるべきことを一覧にした「ToDoリスト」というものがあるが、これはその逆の「しないことリスト」をまとめた一冊だ。

 著者は京大を卒業したあと、「日本一有名なニート」として話題になった人物で、インターネットでも数多くの文章を書いているので、知っている人は知っていることだろう。

 この本は「ラクをきわめた」とされるかれの「頭のなか」を追いかけていく。努力しない、所有しない、期待しない……。否定形の連続。

 なるほどなあと思わせられることばかりで感心してしまうほどなのだが、著者は40代半ばになったいまになってそのような「ダメ人間」としての自分に限界を感じているともいう。

 いわゆる「中年の危機(ミドルエイジ・クライシス)」というわけだが、なかなか「ただのニート」として一生を終えることもむずかしいらしい。

 そういう点に失望した人もいることだろうが、いずれにしろ、この「しないことリスト」が役に立つことはほんとうである。

 ぼくは8年前に読んでからいまも座右の書にしている(電子書籍だけど)。世の中、やらなくていいことがたくさんあるのだ、ほんとに。

⑩先崎学『うつ病九段』

 「うつ病九段」。

 これもまた印象的なタイトルである。

 この本の著者は将棋のプレイヤーとして有名な人物だが、また、エッセイ作家としても知る人ぞ知る存在である。ぼくはかれのエッセイをほとんど読んでいると思うのだが、じつに軽妙洒脱というか、ユーモアとセンスに充ちた愉快な文章を書く人だ。

 また、名著として知られる『聖の青春』のなかにも、主人公の友人のひとりとして印象深い登場を果たしていたりする。将棋マンガの傑作中の傑作であるところの『3月のライオン』の監修を務めていたりもするので、そちらのほうで名前を知っている人も少なくないだろう。

 ところが、その才人が、ハードワークの末、なんとうつ病にかかってしまうところから本書は幕をあける。そして、そのうつ病がかれの人生を壊滅的なところにまで追い込み、破綻させていくさまがきわめて赤裸々に描かれるのである。

 そしてさらに、その「どん底」でかれが見いだしたもの、それもまた、将棋であり、将棋でつながった仲間たちなのだった。ドラマ化もされた感動的な本である。これもオススメ。

●歴史/地理

⑪塩野七生『ローマは一日にしてならず』

 塩野七生のベストセラー『ローマ人の物語』の第一巻である。全15巻に及ぶきわめて長大な本なのだが、まずは第一巻をいかが。

 この先では共和国ローマが天才ユリウス・カエサルを経てローマ帝国となり、キリスト教に浸食されていき、やがて壮大な滅亡を迎えるまでの一千年のドラマが待ち受けているのだが、やはりそういったドラマティックな個所だけをつまみ食いするよりは、初めから順番に読んでいくことをお奨めする。

 ベストセラーになるだけあって、この本はきわめてわかりやすく、なおかつエンターテインメント。いったん読み始めたら寝食を忘れて読み耽ってしまうほどの魅力がある。

 あまりにドラマとして面白すぎることから「いくらなんでも盛っていないか」という気がしてしまうこともたしかだが、ここはいっそフィクションとして読むべきなのだろう。

 一本の歴史小説だと思えば、こんなに面白い作品はめったにない。次々と変わっていく主人公たちの愛と陰謀と戦い、そして悲劇のドラマ。とにかく長いけれど、まずは読み始めてみてはどうだろうか。

⑫りゅうちぇる『こんな世の中で生きていくしかないなら』

 あなたも「りゅうちぇる」のことはご存知だろう。

 芸能界で「ジェンダーレス男子」などと呼ばれて活躍した芸能人。ソーシャルメディアなどを通して「リベラル」な発言を行い、そのことによって物議をかもしてきた人物。そして、離婚と自殺という哀しい結末によって人生の幕をとじたひとりの男性。

 いまなお、りゅうちぇるの生きざまはさまざまな問題を提起しているが、その多彩な人生を単純に「無理解な社会によって殺された」と定義してしまうことはできないにしても、かれの生きざまそのものが多くのことを訴えかけて来ることはたしかだろう。

 「アンチ」による徹底したバッシングも含めて、かれのそのライフスタイルは興味深いものだ。

 本書は、そのりゅうちぇるが「正しいと信じていること」をつらつらと記した一冊である。

 今回取り上げたほかの本、たとえば『犠牲者意識ナショナリズム』などはほぼ専門書といって良く、かなり難解な内容だが、それとくらべるといたって読みやすい。が、その「森々とした読み心地」は素晴らしい。「こんな世の中で生きていくしかない」すべての人にささげられる本。

⑬出口治明『全世界史』

 「全世界史」。タイトルだけで怯んでしまいそうになるような本だが、じっさいにはじつにコンパクトにまとまっていて読みやすい。

 いわゆる「通史」であり、それ故に一定の限界を抱えていることは間違いないが、『ローマ人の物語』と比べればはるかに短い時間で読み通すことができるだろう。その意味ではとてもとっつきやすい本である。

 『ローマ人の物語』と同じく著者は歴史学者ではないので、とくべつ専門的なことが書かれているわけではないのだが、まず、歴史の大まかな概観を学びたいという人には打ってつけの本だといえると思う。

 何といっても、世界の端と端で起こったことが連鎖的に影響を与えあっているのだということが、このグローバル・ヒストリーを読むと実感としてよくわかるのだ。

 世界史は、べつだん、日本史だとか中国史、ヨーロッパ史といった形に分けて理解できるものではない。あたりまえといえばあたりまえのことだが、なかなか体感して理解することはむずかしい。その意味で、この「全世界史」には意味がある。

⑭木村朗子『紫式部と男たち』

 『源氏物語』は、世界的に見ても最も古い時期に書かれた女性による小説である。その頃はヨーロッパでも「小説」という形で物語をつづる習慣はなく、また、女性がものを書きのこすこともめったになかったのだ。

 そのため、前世紀初頭に『源氏物語』がヨーロッパに翻訳されると、ヴァージニア・ウルフといった女性作家に「こんな昔に女性作家によるこれほどみごとな小説があったとは!」という感動を呼んだという。

 この『紫式部と男たち』は、その『源氏物語』の作者である紫式部(この名前は、『源氏物語』作中の「紫の上」から採られたものと思しく、清少納言などと同じように本名は杳として知れない)を中心に、当時の平安宮廷のみやびなだけではない現実を読み取った本である。

 タイトルだけだと紫式部や『源氏物語』についてだけ書かれているように思えるが、じっさいには同時代の他の人物にも注目している。2024年の大河ドラマ『光る君へ』の副読本としても楽しめる一冊かもしれない。ぼくは見ていないけれどね、大河ドラマ。

●社会/政治

⑮ジョナサン・ゴッドシャル『ストーリーが世界を滅ぼす』

 ここでいう「ストーリー」とは、人が物語によって世界を認識することそのものを指す。

 この世界はあまりにも複雑で、人間はそれをそのままに受け入れることができない。それではどうするかといえば、「ストーリー」として把握するのだ。

 そのストーリーは多くの場合、シンプルで、善と悪の対決、そして善の側の勝利といった筋書きにまとめることができる。

 現実世界ではそのように単純に善悪が分かれているとは限らないわけだが、多くの場合、人々はその複雑さに堪えられず、物語として世界を思い描くことに逃げ込むわけである。

 この「ストーリー」による世界認識は、超複雑化した現代社会においては致命的な意味をもつ。それが著者がいわんとしていることだ。

 じっさい、たとえばアメリカ大統領選にしても、そこにはきわめて複雑な利益や政治思想の対立があるわけだが、どうかすると我々はそれを「光と闇の戦い」のように認識してしまう。

 それはやがて「世界を滅ぼす」かもしれない。著者の警告はそこに尽く。つまりはあまりにややこしい現実をそれでも見つめることこそが最もヒロイックな冒険なのだ。

⑯阿部朋美&伊藤和行『ギフテッドの光と影 知能が高すぎて生きづらい人たち』

 「ギフテッド」とは、何万人にひとりかいる、例外的なまでに知能が高い人たちのことである。「天才」という言葉でいい換えることもできるだろう。

 この本は、その「ギフテッド」に着目し、かれらの「生きづらさ」に迫っていく。

 生きづらさ? ギフテッドとは、偶然にたぐいまれな才能を持って生まれたうらやむべき人たち、そうではないのだろうか。

 じつは違うのだ。もちろん、数いるギフテッドのなかには、すべてがうまくいき、何の問題もなく暮らしている人も混ざってはいるに違いないが、一方で多くのギフテッドが周囲とのあつれきに悩み、生きる目的を見つけられず、悩んでいることもたしかなのだ。

 それを「持てる者の贅沢な悩み」と切って捨てるとすれば、あなたもまた才能ある者への偏見に毒されているかもしれない。

 何十万、何百万にひとりの知能指数を持って生まれたからといって、しあわせになれるとはかぎらない。それとこれとはべつの問題。この本は、ぼくたちにそのような真理を教えてくれる。読んでおくべき一冊かと。

⑰林志弦&澤田克己『犠牲者意識ナショナリズム』

 「犠牲者意識ナショナリズム」! 何という強烈な響きだろう。今回とりあげた本のなかでも間違いなく最も衝撃的な内容を有している一冊である。

 きわめて大部で、決して読みやすいとも、受け入れやすいともいいがたい本ではあるが、いま読むべき本というものがもしあるとすれば、これを措いて他にないだろう。

 本書は「犠牲の対称性に十分留意しつつ「犠牲者意識ナショナリズム」を私たちの未来のため犠牲にすること」を提唱しているのが、ちょっと考えただけでもそれがいかにむずかしいことであるのかわかる。

 たとえば、いままさに展開するガザ紛争におけるイスラエルの国家的所業を見ても、犠牲者意識ナショナリズムの危険性はあきらかではあるのだが、これを指摘し、指弾することもまたの温床となることであろう。

 現代の国際社会が「犠牲者」、「加害者」といったシンプルな構図では割り切れないことがらためてわかる。すばらしく深い洞察がここにある。

⑱高木瑞穂『ルポ新宿歌舞伎町路上売春』

 新宿歌舞伎町、そこはおそらく日本一花やかで真夜中になっても決して眠りに就くことのない「不夜城」にして、そして最も危険な町である。

 いつのころからか、その歌舞伎町で「立ちんぼ」という形の売春を行う女性たちが話題になるようになった。

 多くはまだ若い彼女たちは、この時代にあって、いったいどのような理由でそのような違法で危険な仕事を行っているのだろうか。そこにはどのような人生が隠されているのか。その点に興味をもった著者は、彼女たちの人生を追いかけていく。

 いつの時代も、売春婦、セックスワーカーは世間から非難をあびる存在である。それが社会的に必要な職業であることはわかっているとしても、その存在を認められることは決してないのだ。まして、それが違法な形での仕事となれば、彼女たちを守ってくれるものは何もないといって良い。

 それでも、なお、「立ちんぼ」として生きることを選んだそのリスキーな決断の裏に、いったい何があるのか。見えてくるものは、ある種の女性たちの壮絶な生の現実である。

⑲藤原学思『Qを追う 陰謀論集団の正体』

 もしかしたらあなたは「Qアノン」という言葉を耳にしたことがあるかもしれない。「Q」という名前のなぞの人物によって行なわれた投稿をきっかけとして、世界中にひろまっていった陰謀論集団である。

 この『Qを追う』は、「Qアノン」を生み出した「Q」とは何者であるのか、そしてこの「陰謀論の時代」にはどのような背景があるのかを精緻に追いかけた内容である。

 ドナルド・トランプという過激な人物と陰謀論が相性が良いことは、あたりまえといえばあたりまえのことではあるが、しかし現代社会を考えるにあたって深い意味をもつ。

 陰謀論を単なる「トンデモ」としてバカにし、笑い飛ばしていれば済む時代はもう過ぎてしまったのだと思う。それはたしかにばかげているかもしれないが、一方で現代社会を覆しかねないこともたしかなのだ。

 いまやアメリカを転覆させるかもしれない「Qアノン」の思想の中心にいるなぞの「Q」。それはいったいだれなのか? 答えの出ないミステリ小説のような読みごたえのある一冊だ。

⑳佐藤優『生き抜くためのドストエフスキー入門』

 鮮烈なタイトルである。

 もしかしたら、ドストエフスキーというと、ただひたすらに長くて暗い小説を書いている人といったわりあいネガティヴなイメージを抱いている人のほうが多いかもしれないが、じつはドストエフスキーは(200年前に生まれた人であるにもかかわらず)とても現代的な作家である。

 『白夜』だとか、『地下室の手記』だとか、かれの比較的短い作品をいくつか読んでみると、そのテーマがきわめて現代に訴えかけてくるものがあることに驚かされるはずだ。

 この本はそのドストエフスキーのいわゆる「五大長編」を解説したもの。合わせて分厚い文庫本で十数冊分もある「五大長編」なのだが、この解説を読んだら挑戦してみたくなること間違いなし。少なくともぼくはなった。

 いかにも「文学的」で晦渋な印象を受ける『罪と罰』といった作品も、じっさいに読んでみると、また違う一面が見えて来るかもしれない。とにかく小説は固定観念抜きで読んでみて自分の視点で価値を見いだすものだ。学校で教わるようなものではないのである。

●文芸

㉑菊地秀行『吸血鬼ハンター』

 菊地秀行の人気シリーズ『吸血鬼ハンター』は現在、50冊以上が出版されているようだ。

 〈貴族〉と呼ばれる吸血鬼たちの支配がたそがれどきを迎えた遥かな未来を舞台に、〈神祖〉という名の貴族を探す吸血鬼ハンター、その名も〝D〟の活躍を描いた作品群。

 絶世の美貌とおそるべき能力を併せ持つDは、作者のもうひとりのヒーロー秋せつらのジュヴナイル・バージョンともいうべきキャラクターである。かれが行くところ、哀しみと嘆きのドラマが展開する。

 50冊以上が出ていると上記したが、やはり注目するべきは藍色の悲劇性が深い印象を残す初期作品に尽きるだろう。

 菊地秀行というとセックス&バイオレンスの伝奇作家という印象がつよいかもしれないが、ここにあるものは種の絶頂を過ぎた貴族と人間たちがそれぞれの宿命に抗おうとする物語である。少なくとも最初の10冊くらいはほんとに傑作なので、ぜひ、読んでみてください。

㉒石田衣良『池袋ウエストゲートパーク』

 石田衣良の『池袋ウエストゲートパーク』がシリーズ既刊19巻すべて50%ポイント還元になっているようだ。一年に一回出版され、そのつど買い求める思い入れのあるシリーズだけに、良ければ読んでほしい。

 ちなみに同じ石田衣良だと、ある銀行を破綻に追い込もうとする師と弟子の戦いを描く経済小説『波のうえの魔術師』、ひとりの「宿命の女」に出逢ってしまった若者の物語『水を抱く』なども50%還元になっているようで、いずれもオススメなのだが、まずはとにかく『IWGP』。

 ダーティーな池袋のアンダーグラウンドを舞台に、腕利きのトラブルシュータ―として活躍する主人公マコトが軽口を叩きながら事件を解決するお話である。

 ワンパターンといえばワンパターンなのだが、圧倒的に洒脱なマコトの一人称の魅力と、その時々で時代性のある事件を演出する作者の腕前のおかげで飽きさせない。ハードボイルドというより、ある種の時代小説のような安定した面白さがある。

 オススメ。

㉓桜庭一樹『私の男』

 桜庭一樹は、もともとライトノベルのフィールドから出てきた作家だ。そのまえはゲームのシナリオライターをやっていたらしい。

 ライトノベルがまだ一定の多様性を残していた頃の書き手で、ある時期まではとくに目立つ作品を出しつづけていたというわけでもないのだが、出世作『砂糖菓子の弾丸は撃ち抜けない』で「化けた」。

 少女小説の伝統にのっとった何とも凄惨で残酷な印象を残すこの小説は、圧巻というしかないオリジナリティを備えており、多くの読者に強烈な印象を刻みつけた。

 その桜庭が、一般文芸の世界に活躍の場を変え、直木賞を受賞したのがこの『私の男』。一読、強烈なものを感じ取らざるを得ない小説である。

 「父と娘」というテーマは、この作家が一貫して描き出しているものだが、それはここでは最も衝撃的な形で提示されている。現在から過去へ時代をさかのぼっていく構成も冴えわたり、傑作というにふさわしいまさに代表作だ。

㉔酒見賢一『後宮小説』

 これはね、面白いですよ。第一回日本ファンタジーノベル大賞受賞作にして、その後のファンタジーノベル大賞の方向性を決定づけた名作である。

 中国(だと思われる)の架空の国家を舞台に、後宮に入って少女・銀河の活躍と成長を描く。

 ぼくがこの小説を読んだのはたぶん中学一年生の頃で、「後宮」という言葉の意味がわからず、「高級小説? 高い小説ということだろうか……」などと首をひねっていたりしたものだった。いま思うと可愛い年ごろだ。

 じっさいには、もちろん、「後宮」とは皇帝のハーレムを指す。「三食昼寝付き」の条件に惹かれ、後宮に入ることになったひとりの女の子が、そこでさまざまな経験を積み、ひとりの人間として大きく成長するさまが綴られているわけだが、全体がある種の「大法螺小説」になっていて、もっともらしい嘘を平然とつき通すところに最大の面白さがある。

 これを「ファンタジー」といいはった作者(すでに故人)には拍手を送るしかない。

㉕村上春樹『女のいない男たち』

 村上春樹の短編集である。数々の受賞や絶賛で有名になった映画『ドライブ・マイ・カー』の原作を収録しているといえば、ああなるほどと思う方もいらっしゃることだろう。

 あの映画も良かったが、原作はきれいにまとまった映画よりある種いびつなところがあり、だからこそ深く心に残る。

 これは男から見て女性がいかに理解を絶しているかという寓話を収めた本なのだ。村上春樹の作品において、女性が異質な存在として描かれるのはいつものことだ。女性とは謎であり、コールタールのように深い闇そのものである。かれの作品では、そのような偏見としかいいようがない観念がほの見える。

 この短編集では、それを「ミソジニー」というべきかどうかはともかく、その「女性という生きもの」へのバイアスがこれ以上なく充溢している。

 個人的には、その偏見はほとんどお笑いの域に達しているように思え、読みながら笑ってしまったほどなのだが、同意してくれる人はあまりいないかもしれない。

㉖赤川次郎『ふたり』

 赤川次郎がいくつも名作を生み出していた頃の、おそらくはかれの最高傑作に数えられる作品である。

 大林宣彦によって映画化されたが、そちらも飛び抜けた名作で、日本の映画史に残るしろものといっても良いであろう。

 優秀な姉を亡くし、家族の崩壊にも直面して苦しむ妹のもとに、その姉の幽霊があらわれる――というアイディアからして魅力的だが、赤川次郎のストーリーテリングはこれをただむき出しのアイディアでは終わらせない。

 人生の指針そのものですらあった姉を喪った妹は、必然、ひとりで生きていくことを学ばなければならないのだが、その彼女に次々とトラブルが襲いかかり、成長を迫るのだ。

 幽霊となった姉はアドバイスはくれるものの、じっさいに難題を解決しなければならないのはあくまで妹のほう。彼女は恋や、父の不倫といったさりげない、しかし大きな意味をもつ問題たちに直面することになる。

 「ふたり」というこのシンプルなタイトルがじつに奥深い意味をもって迫って来る物語だ。

㉗司馬遼太郎『燃えよ剣』

 司馬遼太郎の小説は他にも『国盗り物語』や『世に棲む日々』などが50%ポイント還元になっているようだが、ぼくはこの作品を選んだ。なんといっても、これがいちばん好きなのだ。

 後世に甚大な影響をあたえ、「新選組もの」というジャンルの特徴を決定づけた大傑作である。

 田中芳樹がどこかでいっていたが、この『燃えよ剣』のまえは、土方歳三というキャラクターはむしろ悪役として描かれるのがつねで、熱心なファンなどほとんどいなかった。だが、この小説を読めば、だれでも「鬼の副長」を好きにならずにはいられないだろう。

 一生を剣に奉げたあまりにも純粋な、純粋すぎる男。それは一種の「少年」とも見え、マチズモ的な生き方の結晶のようにすら思える。

 かれは男の生きかたは純粋にして潔癖でなければならぬ、とそう信じ、じっさいにその人生を生き抜いたのだ。現実の土方がどのような人間であったのかはともかく、この小説を読んでいるあいだはそのような幻想にひたることができる。紛うかたなき名作である。

㉘山本周五郎『人情裏長屋』

 これは個人的にある思い出につながっている短編集だ。昔、いまはもう亡くなった祖父を病院に連れて行ったとき、余ってしまった時間をつぶすために売店で買い求めたのがこの本だったのである。

 そういうときは、あまりチャレンジングな選択をすることは、はばかられる。山本周五郎の人情ものの作品ならまさか外れはしないだろう、そう思ったのかもしれない。

 それにしても、山本周五郎は小説が上手い。ときには、あまりにも上手すぎるのではないか、と思ってしまうことがある。その練達の人情話は何もかも完璧にできすぎていて、人造的な印象をすら受けてしまうのである。

 きわめて整然とした文章がまた、その印象を強めるのかもしれない。かれの作品でも、たとえば『赤ひげ診療譚』などはまさにパーフェクトな小説で、それだからこそ少し息苦しい印象をも感じる。

 だが、この表題作は、いまでも憶えているのだが、じつに愛すべき作品だ。名作というほどの文学的奥行きは欠けているかもしれないが、じつに「いい話」で読ませる。この種の小説はそれで十分だと、ぼくは思う。

㉙アーネスト・ヘミングウェイ『老人と海』

 いわずと知れた「パパ」アーネスト・ヘミングウェイの名作である。

 あるひとりの漁師の老人を主人公に、人間の生きかたの本質を問う作品だというのがいちばんわかりやすい説明になるだろうか。

 「人間は負けるようにはできていない」という強烈なフレーズが胸を打つが、どうなのだろう、べつに負けても良いのではないかという気もしてしまう。

 ここにあるものはきわめて強靭で、しかしだからこそ融通が利かないひとつの精神である。それはおそらく「男らしい生き方」という名で呼ばれるべきものなのだろうし、見ていると感動してしまうのだが、自分にまねできるかというと、まあムリだろうなと思わせられる。

 そんなに強くなくても良いのではないか、弱くあってもかまわないのではないか、だれかそういうふうに「パパ」にいってやる人はいなかったのだろうか。

 この長編を書き終えたあと、ヘミングウェイは結局、不幸な自殺を遂げてしまうのである。紛れもない名編にして、すべての男性に「おまえはどうだ?」と問いかけて来るような小説。

㉚スティーヴン・キング『IT』

 20世紀の世界のエンターテインメントでも、おそらく飛び切りのストーリーテラーというべき不世出の天才作家スティーヴン・キングの代表作。

 いわゆる「キングらしさ」のすべてがここにあるといっても良いだろう。ただ「IT」とだけ呼ばれるピエロの怪物と、かれに立ち向かう子供たちの宇宙的なスケールに及ぶ戦いを真摯に描く。

 そして、その子供たちは大人になったとき、ふたたびITに抗うべく、故郷の街に戻って来なければならないのだ。

 過去と現在は交錯し、巧みに折り合わされて「恐怖そのもの」であるITに対しいかにして立ち上がるかが丹念に描写される。そう、ホラー小説とは、見方を変えれば勇気の小説でもあるのだ。

 あまりにもエンターテインメントなので「いわゆるホラー」として怖い小説ではないと思うが、読み始めたらやめられない強烈な魅力を放っていることは間違いない。

 この小説によってキングは「少年時代の思い出」というテーマに別れを告げ、あらたな世界に旅立ったのである。長いけれど、まさに読むに値する作品だ。

●ライトノベル

㉛樽見京一郎『オルクセン王国史~野蛮なオークの国は、如何にして平和なエルフの国を焼き払うに至ったか~』

 今回の「おまけ」である。ぼくの記事では「おまけ」ではあるのだが、ライトノベルないしネットの異世界小説の歴史に燦然とかがやく名作といって良いであろう。

 かつて邪悪な怪物とののしられたオークたちが治める「オルクセン王国」を中心とした一帯を舞台に、ある英雄的な王がいかにして「平和なエルフの国」を焼き払うに至るか、そのプロセスが描かれる。

 徹底して「兵站」についてくわしく描写され、ミリタリー趣味のある人たちをも満足させることだろうが、それだけならしょせんその程度の作品でしかない。この小説の本領は、「その先」にこそあるのだ。

 あまりネタバレはしたくない、まさに白紙の状態でこそ読んでほしい作品なのだが、いや、これはすごいよ。昨今のライトノベルなりネット小説のコンテクストのなかでは、最高傑作といって良いのではないだろうか。

 このような作品を生み出したことに、ネット小説の成熟と、そしてひょっとしたら終焉すらもがかいま見える。そういうふうに、ぼくは思ったりする。

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