「衰退ポルノ」対「愛国ポルノ」の対立項を超えていけ。

 「衰退ポルノ」という言葉を知りました。

衰退ポルノとは、「日本は衰退しました」という論調の、日本下げの番組や論調、記事などのことである。

(中略)

愛国ポルノが異様に日本上げ、外国人に礼賛させるなどをするのに対し、逆に日本下げ、「日本はもうダメです」みたいな論調の番組、記事などのこと。よくあるのは、

・「日本は衰退している(これからも衰退する)」「もうダメだ」という内容
・日本はもはや先進国でも後進国でもなく後退国である。
・その一方で「韓国は自由で豊かな国である」と韓国やら香港のような国、地域を上げたりする。

国際比較調査グループISSPが2013年に実施した調査「国への帰属意識」の結果から、日本では「他のどんな国の国民であるより、この国の国民でいたい」「他の多くの国々よりこの国は良い国だ」と考える人が9割近くおり、日本への愛着が強い人が日本人に多いためか、衰退ポルノの発生源は基本的にネットである。

 なるほどなあ、と思ってしまいますね。これに関しては佐々木俊尚さんが「衰退ポルノをやめよう」という内容のことを語っています。

 非常に共感しますね。

 もちろん、「衰退という現実」を直視することは大切なのだけれど、「日本はもうダメだ」、「もうおしまいだ」と絶望ごっこに夢中になっているだけでは何も解決しないことはたしかで、もっと前向きに少しずつ問題を解決していく姿勢が必要であるはず。

 「絶望的な現実を俯瞰してみせる聡明な自分」に酔っていても何もならないわけです。

 いやまあ、衰退ポルノに夢中になって思想オナニーしている人たちにとっては「日本はもうダメだ」ということは「客観的事実」に他ならず、その現実を認めない人は「ネトウヨ」に他ならないわけですが……。

 何だろう、「衰退ポルノ」もあほらしいけれど、「愛国ポルノ」もくだらないですよね。

 何だかネットを見ているとこの世には極端な思想をもった右翼とか左翼しかいないようにも思えて来るけれど、現実はそうじゃないわけで、ぼくたちはこの左派対右派、「衰退ポルノ」対「愛国ポルノ」という不毛な構図を乗り越えていく必要があるのだと思います。

 こう書くと、ただ「どっちもどっち」といっているだけに思われるかもしれないけれど、でもね、じっさい、もう独善的な極論はうんざりなんですよね。

 「日本は世界中から愛される最高の国だ」とか「いや、ほんとうは世界最低の国だ」とか、事実を無視した極端な見解であることはあきらかで、そりゃそういう一面もあるかもしれないけれど、べつの見方をすればべつの側面が見えてくるわけです。

 どうもネットでは「ものごとを多面的に見る」という意見がウケない。極端で一面的で扇動的な言説ほど強烈に受け入れられる傾向がある。

 ぼくはもうそういうの、やめたいんですよね。

 現代日本にはいくつもの危機や問題があることはたしかでしょう。しかし、だからといって「もうダメだ」とすべてを放り出してしまえば済むというものではない。

 この「衰退オナニー」が極論に達すると、「滅亡願望」になります。養老孟司さんが人口問題について語っている発言を見てみましょう。

「 人口が減れば、解決できる問題もあります。環境問題がその一例でしょう。環境問題の本質は人が多すぎること。にもかかわらず、なぜ国は人が減ることを問題視しているのか。それは政府や官僚が子どもの減少をお金の問題として捉えているからです。若い人が減ると、働ける人が少なくなり、GDPが減少してしまう、としている。

 その意味で、私は少子化問題については放っておけばいいと思うんです。ジャガイモと同じで転がしておけば、子どもは育ちます。人口が増えたって減ったっていいじゃないですか。なぜ、政府はそういう流れに身を任せられないのでしょう。畑を耕そうが、耕すまいが、ジャガイモは育つ。

(中略)

 どうやら、この国は“ご破算”の状態から始めていくことが得意なようです。

 現代社会に残されている課題はいまのシステムではどうしようもないことばかりです。日本の文化とシステムは行き着くところまで来てしまった。必ず来るのですから、いっそ地震のせいにして、一度ご破算にして、組み立て直すしかない。

 その時に初めて、子どもが投資的対象なのではなく、ジャガイモのように自然に育っていくものだ、という感覚が立ち上がってくるのではないでしょうか。

 少子化と子どもの教育は政治の問題ではなく「自然」の問題なのです。

 ちょっとこれ以上ないくらい残忍で非道で醜悪な発想だと思うのはぼくだけではないでしょう。

 「どうせ問題は解決できない」。「地震でご破算になってしまえば良い」。じっさいに大地震が起き、国家が滅亡したらどれほどの被害が生じるのか無視して、自分の「滅亡願望」をとうとうと語っている。

 なるほど、国家滅亡後の社会においては子供は「ジャガイモのように自然に育っていく」かもしれない。しかし、ここではひとつの事実が見過ごされています。

 そのようにたくましく育てなかった子供はどうなるかということです。その社会においては「弱い個体」はあっさりと死んでいくことになるでしょう。おそらく、何百万人という単位で。

 人間とジャガイモを同一視して恥じないこの発想には、ただただ唖然とさせられるばかりです。

 ところで、ぼくはこの「衰退ポルノ」とか「愛国ポルノ」という言葉から連想する作品があります。

 小松左京の往年の名作をリメイクしたマンガ版の『日本沈没』です。これ、まず傑作といって良い出来のマンガだとは思うのですが、ぼくはその内容に強烈な違和感を覚えていました。

 「いや、何かこのマンガ、おかしくね?」というか。どこがどうおかしいのか。そう、この作品、どうにも「衰退ポルノ」的なんですよ。

 全編にわたって「日本はもうダメだ」、「この国は腐っている」という論調が展開される。

 いや、べつに日本を批判したって良いのだけれど、不思議なことにその他の国との冷静な比較というものが出て来ない。「この国はダメだ」とひたすら嘆いて絶望するばかりで、客観的な基準というものがまったく出て来ないわけです。

 ここにあるものはとにかく「良い時代は終わってしまった」という認識でしょう。基準が過去にあるわけで、現在が過去のようでないからダメだとなったら、そりゃダメでしょうというしかない。

 でも、ぼくたちはほんとうは過去ではなく未来を見据えて生きていく必要があるのではないでしょうか。

 ところが、この『日本沈没』は最後にメタフィクション的になって(夢オチなのですが)、「現実」の沈没しない日本について語り始めます。

「現実のこの国は、沈まないゆえに… 絶望的にどうしようもない数多くの事を、チャラにすらできない… まさに役の台詞で気味が言っていたように… こんな国、こんな現実、本当は一度滅んで失くなった方が、はるかに希望的な再スタートが切れるんじゃないか? この楽しかった時間が終わった後で、キミが出てゆく店の外の〝現実の日本〟は、ますます、ゆっくりとダメになり、ゆっくりと死んでゆくしかない…〝絶望の国〟そのものなんじゃないのか!? マンガの総理大臣の方が絶対マシな、マンガみたいな総理大臣、かつて国を失い、虐殺を受けた民族が、他民族を新たに虐殺してゆく世界… そんな現実に比べたら、もはや我々が演じたストーリーの方が、はるかに希望的だったんじゃないか!?」

 いやいやいやいや、ぜんぜんそんなことはないでしょう、何かもっともらしいこといっているけれど、国なんて沈まないほうが良いに決まっているじゃん。あたりまえすぎる常識の話。

 結局のところ、ここで語られているのは養老孟司的な「ご破算」、「チャラ」への渇望です。

 もう何もかもめんどくさいから全部「チャラ」にして放り出してしまいたい、という超ハードランディング待望論。

 なぜこういうことになるのかというと、「社会の進歩、前進」、あるいは「問題の解決」が実感されていないからではないでしょうか。

 でも、実際には少しずつだけれど色々な問題は漸進的に解決されていっているんですよ。「天災が起こってすべてチャラになってしまえば良い」というのは、そういう地味で地道な努力に対する侮辱です。

 そして、また、そのような意見はおそらくより若い世代にとっては実感が湧かないことでしょう。

 そうやってひとつひとつバランスを取りながら時間をかけて問題を解決していく姿勢と比べると、「絶望的だ」、「もうおしまいだ」と嘆いているほうがよほどシリアスな態度に思えるかもしれない。

 でも、その実態は人間とジャガイモの区別もつかないような投げやりな態度に過ぎないわけです。

 何よりそこには徹底して当事者意識が欠けていて、すべては「他人ごと」でしかなく、「悪いのは他人ばかり」という態度が見て取れる。

 いずれにしろ、ぼくたちはもう思想ポルノに耽るところから抜け出すべきだし、抜け出せると思う。何だかこの頃、ちょっと風向きが変わって来たという気がしませんか? ぼくはしているんです。

 現状はきびしい。問題は山積み。それはそうだけれど、ぼくたち日本人はその問題を解決していくことができる。ぼくはそう、信じています。

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