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現代スポーツマンガはウルトラ格差社会における「格差の乗り越え方」の教科書である。

 つるまいかだ『メダリスト』が面白いです。今度、アニメ化するそうだけれど、そりゃそうだろという破格の面白さ。

 現在、連載されているスポーツマンガのなかでは、ぼく的に『アオアシ』と並んでツートップですね。

 このマンガ、とにかく非常に現代的な印象を受ける。

 おそらく完結したら歴史的な傑作と呼ばれるようになると思うんだけれど、「メダリスト」という直球のタイトルからもわかる通り、「現代という時代で傑出するのはどういう人間なのか? どうすれば傑出することができるのか?」というテーマを扱っているように見えます。

 そこがリアルタイムで連載を読んでいて、何とも痺れるポイントですね。

 紛れもないスポーツマンガではあるのだけれど、ひとつスポーツマンガというフレームを超えて、もっと普遍的な問題を描き出しているように思えます。素晴らしい。

 とはいえ、このマンガの面白さを言語化しようとすると戸惑うことも事実。

 まさに「最先端」の作品であるだけに、具体的にどこがどう面白いのか、はっきり言葉に置き換えていこうとすると意外とむずかしいかもしれません。

 おそらく、この作品の良さをはっきりいい表わすためには、ある程度、スポーツマンガの歴史を踏まえておく必要があるのではないかと思います。

 その昔、「スポ根(スポーツ根性もの)」というジャンルがありました。

 Wikipediaによると「狭義のスポ根とは、1960年代から1970年代の日本の高度経済成長期に一般大衆の人気を獲得したジャンルであり、メキシコ五輪が開催された1968年前後に人気のピークを迎えた。」とのことです。

 スポ根マンガの端緒にして最高傑作はやはり『巨人の星』に尽きるでしょう。

 いまなお語り継がれるこの過激で過剰な情念のストーリーは、当時から批判はあったそうですが、しかし、スポ根マンガのある種の類型を作り出しました。

 それはまさに当時の高度経済成長時代のひとつの生き方をマンガの形で表現したものといっても良かったでしょう。

 そこでは野球マンガでありながら野球そのものよりもむしろ人間ドラマがフォーカスされ、父権的な存在との対立、対決が濃密に描かれました。

 しかし、その後、怪しい必殺技が飛び交う狭い意味でのスポ根ものはもう少しリアルなスポーツものに置き換わります。

 水島新司の『ドカベン』を初めとする一連の作品がそうでし、あるいはちばあきおの『キャプテン』、『プレイボール』では一切の超自然的描写は使われず、一見すると地味なストーリーが展開します(名作です)。

 ここでは、『巨人の星』においては単なるドラマツルギーの背景であるに過ぎなかったともいえそうな「野球というスポーツ」があらためて発見されたわけです。

 ほんとうの意味でのスポーツマンガはここら辺からスタートしているといっても良いかもしれません。

 そういった意味での「後期スポ根マンガ」は70年代をさらに過剰化、過激しながらも通して人気を博し、ときに『アストロ球団』のようなある種、神話的な作品を生み出しながら続いて行きました。

 この流れは80年代初頭、ひとつの革命的作品の登場によってとどめを刺されます。いうまでもありません。あだち充の『タッチ』です。

 『タッチ』については以下の記事で書いたりもしましたが、いま見ると意外に「泥くさい根性路線」を部分的に残していることに驚かされたりもします。

 むしろ、そういういかにも昭和的な泥くささの部分が『タッチ』のひとつの魅力でしょう。

 そののちのあだち充のマンガの文法はもっと洗練され、垢抜け、そのためにスマートになり過ぎている印象もあります。

 それはそれでまた面白いのですが、『タッチ』のバランスはまさに奇跡的ですね。

 この作品の登場はスポーツマンガに新たな地平を開きました。その後もまた重要な作品が次々と登場してきます。

 たとえば『キャプテン翼』です。このマンガでは努力と根性の重苦しさというよりはスポーツのさわやかさが重視され、主人公はサッカーの申し子ともいうべき天才少年に設定されていました。

 このマンガも最終的には必殺シュートの撃ち合いになっていくのですが、とりあえず最初のシリーズは名作といってもかまわないと思います。その後はまあ、まあ、まあね、世の中、色々ある。

 この天才主人公の路線は、その後、90年代に『SLAM DUNK』とか『H2』という歴史的な大ヒット作を生み出します。

 『SLAM DUNK』はあらゆる意味で日本のスポーツマンガの最高峰、里程標的名作といっても過言ではないはずです。

 まあ、『SLAM DUNK』のことを知らない人は少ないでしょうからいまさらここでは説明しませんが、現代の目で見てなおとほうもない名作というしかありません。

 ここでは、かつてのスポーツマンガの荒唐無稽さは影をひそめ、リアリティが向上し、なおかつその上で重厚をきわめる人間ドラマが描かれています。

 ここにおいて、スポーツマンガはひとつの完成を見たとすらいえるかもしれません。

 その後のスポーツマンガは大なり小なり『SLAM  DUNK』の影響を受け、『SLAM DUNK』的なものをどう乗り越えるかという課題に挑戦していったともいえるかも。

 これはずっと後の『ハイキュー!』あたりまで続き、いや、現在でもなおそうなのだとすらいって良いでしょう。それくらいの記念碑的作品であるわけです。

 この時期の大ヒット作の特徴は主人公が比類ない天才であること。

 『SLAM DUNK』ではその天才がまだ初心者である時期が描かれ、『H2』ではたまたま弱小チームに入ってしまったことからドラマが始まるわけですが、いずれにしろ、この時代では「努力」に代わって「才能」が重視される傾向が出て来ているように思います。

 「才能がなければ話にならない」という認識が前景化している。

 よって、さらにその次の時代、2000年代以降のスポーツマンガでは、むしろ「どうやって天才的な才能に挑むか」がフォーカスされている感じです。ポスト天才マンガというか。

 そこで出てきた最高傑作が『ベイビーステップ』であり、『黒子のバスケ』であり、いまも連載が続く『おおきく振りかぶって』なのだと思います。

 ここでは、もはや「どうしようもない才能の格差」はあきらかな前提であり、その格差をどうやって縮めるかという点が中心的な課題となっています。

 結論を書いてしまうと、その答えとは「個性を活かす」ことであったのではないでしょうか。

 『ベイビーステップ』でも『黒子のバスケ』でも、主人公は努力を続けはするのですが、もはやただ執拗に努力すれば格差を乗り越えられるという幻想は信じられていません。

 その努力の内実こそが問題なのであり、また、自分が持って生まれた特性をどう活かすかという点にこそポイントがあることがていねいに語られています。

 「全体的な才能では天才にはかなわないことを認めた上で、ある一点で勝負する」。『アイシールド21』なんかもそういう系統ですね。

 その後、スポーツマンガはプロフェッショナルな世界を舞台に描く『GIANT KILLING』などの秀作を生み出しつつも、全体としては減っていったといわれています。

土屋 前提として、今現在も面白いスポーツ漫画はたくさんありますし、どの漫画家さんも素晴らしい作品を日々執筆なさっています。ですが、一時代前と比べたときに、今おっしゃったようなジャンルと相対的に見てスポーツ漫画の純粋な作品数が減っているとは感じています。スポーツ漫画を描こうとしてくださる新人作家さん、新連載を企画するときにスポーツ漫画を描きたいと提案される作家さんの数も減ってきているように思います。

個人的に一つ理由として考えられるのは、スポーツ漫画は物語が盛り上がるまでの道のりが長くなりがちであること。たとえば主人公がスポーツを始めて、チームメンバーに認められて、レギュラーを取って、試合に出て勝利をつかむのがひとつの王道な流れだとすると、1話から最高潮にまで盛り上がる構成にはしづらいジャンルかもしれません。

たとえば、異世界転生作品の場合、「現実でうだつの上がらない人が何かのキッカケで異世界に行ったら、いきなりすごい魔法が使えるようになった」といったように、1話目からマックスの盛り上がりをつくりやすい。一方、スポーツ漫画では非現実的なレベルアップなどは受け入れられづらい傾向があり、かと言って瞬間的な盛り上がりを重視するあまり、大きな災害が起こったり、誰かが亡くなったりといった、ある種奇をてらったようなショッキングな展開で掴みを作っても、それはスポーツを楽しみたい読者が求める面白さではなかったり。

今の漫画は昔に比べて1話で面白くないと見切られてしまうことが多いため、そのジレンマから相対的にスポーツ漫画が減ってしまったのかもしれません。

 そんななかでの『アオアシ』であり、『メダリスト』であるわけです。

 ここでは、もはや「格差」は単に「才能」だけに留まるものではありません。

 経済的な格差、両親の理解の格差、スポーツ環境の格差といった条件が執拗に描き込まれ、その上で、「それでは、どうするか?」が問われます。

 特に『メダリスト』の主人公の少女は「それ以外何もできない」、「その他のことに関しては平凡以下の才能しか持っていない」キャラクターです。

 フィギュアスケートは経済的にもむずかしいジャンルであり、才能のない人間はあっというまに排除されていきます。

 しかし、それでも、なお、彼女はその過酷な競争を自ら選択し、自分の才能に「一点賭け」して逆転を狙うわけです。ここにはまさにきびしい現代社会のリアリティがある。

 才能の格差はある。経済の格差もある。家庭環境の格差すらもある。『アオアシ』もそうなのですが、それらのどうしようもない現実を直視し、タフに受け入れ、そしてその上で考える。「それでは、どうすれば良いか?」と。

 この力強さこそが異世界転生ものにはない現代のスポーツマンガの魅力です。

 たしかに、現代のスポーツマンガは一定のリアリティとクオリティを求められるがゆえにハードルが高くなってしまっている傾向はあるでしょう。

 ですが、異世界転生ものの大半がどこまでいっても現実逃避以外のものを提示できないのに対し(それはそれでひとつの価値ではあります。念のため)、スポーツマンガはぼくたちに「この時代における勝負のかけ方」を教えてくれます。

 圧倒的な才能の格差に対してどう受け止め、どう対峙すれば良いのか? 現代のスポーツマンガは「格差社会のリアリティ」と正面から対決するのです。すごいよね。

 とりあえず、もし『メダリスト』をまだ未読の方がいらっしゃいましたら、ぜひ、ご一読ください。圧巻の熱さがそこにはあります。面白過ぎる。

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