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あなたが落としたのはこの「きれいな多様性」ですか、それともこちらの「薄汚い多様性」ですか?

 先ほど、たまたま母が見ていたYouTubeをいっしょに見たのだが、壮絶な内容で衝撃を受けた。

 それは「社会的ひきこもり」の人物を外に連れ出すことを目的としたある団体の宣伝動画で、どうやらその人物の親から連絡を受けてかれを自分たちに施設に連れ出すことを目的にやって来たらしい。

 かれらは「30分で決めてください」といって、その男性に家を出て自分たちの施設にやって来ることを迫るのである。

 一見すると「ひきこもりの息子に苦しむ親を助ける正義の行為」に見えるかもしれないが、あきらかな人権侵害であり、いい歳をしてほぼひきこもりのような生活をしているぼくには身につまされる内容だった。見ていて息苦しくなるくらい。

 たしかに、ひきこもりの問題は重大だろう。そのまま放っておいても解決しないことも事実ではあるだろう。

 しかし、だからといってこのような人間の尊厳を無視したやり口で解決できるとはとうてい思えない。

 そもそも、連れ出された先で待っているのがどのような施設なのか、まったく判然としないのだ。それだけでもまともな団体ではないことは瞭然としている。

 ひきこもりという「社会的弱者」の文脈乗る人間があいてだからこそ成立するビジネスである。

 いわゆる「普通の人」を相手取ってこんなことをやっていたら、あっというまに大問題になるだろう。

 というか、ひきこもり相手であっても問題にはなっているらしい。ネットで「引き出し屋」と検索してみると、こんなWikipediaの記事がトップに出て来る。

引き出し屋(ひきだしや)または引き出し業者とは、就学や就労をしていない中卒、高校を中退した「引きこもり」や「ニート」、児童・生徒であれば「不登校」の状態にある人の自立支援に特化した全寮制のフリースクールで悪質なものを指す。それらは、家族や親族からの依頼を受けてはいるものの、当の引きこもり者の元へ予告なく訪れ、当事者の了承を得ないまま自宅(自室)から連れ出し、団体が運営する寮に入所させるという手法を用いている。

なかには反社会的勢力、カルト宗教、極右の政治団体、悪質な精神病院とのつながりを持つ業者や団体もあり、拉致・監禁や就労の強要、数百万円から数千万円[要出典]もの極めて高額な費用を請求するなどの被害が報じられている。

先生の言うことが聞けない生徒は精神病院に強制入院させられ、精神病院から入院治療費と食事代に加え、1日数十万の高額な特別個室のベッド代が請求される。

 この記述がどれだけ正しいかはわからないが、じっさいにその「引き出し屋」と思しい業者の動画を見てみると、強烈なリアリティを感じる。

 あってもおかしくないし、じっさいにあるのだろうと思ってしまうのだ。

 もちろん、この手の「教育虐待」の問題は、かつての戸塚ヨットスクールから連綿と続いてきたものである。

 「社会に適応できない人間を「まとも」に育ててやる」ことは、社会から一定の支持を得やすい。

 悪いのは家にひきこもって親に迷惑をかけるような人間であり、そういった人物の「わがまま」を許さないことが、ひいてはかれ自身のためにもなるのだ。

 もっともらしくこういわれたとき、即座に反論できる人ばかりではないだろう。

 とはいえ、「引き出し屋」のやり口に問題がある(どころではない)ことはたしかである。はっきりいってしまえば、そこには露骨な犯罪性がある。

 考えてもみてほしい、これがひきこもりではないあたりまえの社会人に対して行われていたら、ただの誘拐、監禁であり、重犯罪ではないか。

 まさかひきこもりには人間として何の権利もないとでもいうのだろうか。

 「ひきこもり」とひと口に総称されてはいても、かれらの特徴は、ただ労働に就いていない、お金を稼いでいないという一点だけである。

 この社会において、「金銭を稼ぎ出せない」ということは、そこまで重い罪だということなのだろう。暗澹たる思いがする。

 資本主義がどうの、新自由主義がこうのと理屈を考える気にもなれない。いったい、カネを稼ぎ出さないことはそんなにも「悪いこと」なのか。

 あるいは、ぼくたちの社会は個々人に対し常にこう命令しているのかもしれない。「働け。働かなければおまえは無だ」。

 たしかに、この社会で生きていくために働くこと、カネを稼ぎ出すことはとても重要である。

 綺麗ごとをいってもしかたない。カネがなければ叶わないことはたくさんある。

 だが、そうはいっても人間の価値はカネだけで決まるわけではない。だれにだって、たとえカネを稼げない人でも、十全に生きていく権利はあるはずだ。

 ひとりの「ニアひきこもり当事者」として、ぼくはそう思う。

 それにしても、このようなひきこもりに対する露骨な差別を成立させているのは、どのような感情なのだろう。

 ぼくはそれはじつはひきこもり当事者に対する「嫉み」なのではないだろうかと思う。

 何も持っていないひきこもりが妬まれる? そんなことはありえないと思われるだろうか。

 しかし、日々の過酷な労働を生きている社会人は、しばしば自分から働こうとしない(じっさいには働きたくてもできない場合が多いのだが)、「怠け者」のひきこもりたちに対し、「ずるい」という不当の感覚を覚えるのではないだろうか。

 理屈をいうなら、かれらは自分の意思で働きに出ているはずであり、その対価として報酬を得ているはずでもある。

 だが、そのようなロジックはこの「ずるい」という感情をまえにしてはあっさりと吹き飛ぶ。

 「おれは苦しみながら働いているのに、ひきこもりの連中は楽をしている。赦せない」というこの感情が、ひきこもりに対する差別の根底にはあると思う。

 ひきこもりは「楽をしている」、「怠けている」と見られるものなのである。現実にひきこもりの生活がそれほどラクなものだとは、ぼくにはとても思えないのだけれど……。

 こういう話になると、ぼくにはいつも思い出す作品がある。遠藤俊子のマンガ『マダムとミスター』だ。

 この物語のなかには、「弱いことは悪いことではない」という主人公のグラハム少年に対し、幼なじみの少女がこんなことを言い出す場面がある。

「じゃああなたはシマウマを襲って食べるライオンとライオンにいつもびくびくしながら食べられるだけのシマウマとじゃシマウマの方がいいって言うの? シマウマが食べられているのは弱いからよ 強ければライオンみたいにもっと堂々と生きていけるんだわ」

 グラハムはこう反駁する。

「でもそうやってライオンは何十万年も過ぎたけど未だにシマウマ追いかけてるだけじゃないか 僕達が映画を見たり本を読んだり飛行機に乗ったりできるようになったのは強い人だけじゃなくて弱い人もいたからだよ きっと」

 しかし、その後、少女の家は破産してしまい、彼女はあらためてこういい返す。

「私達 このおうちもロンドンのおうちも無くなっちゃったわ お父様はいい人だけど弱いから負けちゃったのよ その結果がこれよ これでもまだ弱くても不幸じゃないなんて言うの?」

 きわめて深刻なやり取りだと思う。

 この世では、強くなければ生き抜いていけない。それもまた真実なのである。

 人間社会というジャングルでは、シマウマのような弱者は、ライオンのような強者の食い物にされるもの。

 しかし、ぼくはやはりこう思う。それでもなお、ただ「強さ」や「正しさ」だけがすべてではないはずだ、と。

 グラハムのいうように、ぼくたちがいま、豊かな世界で生きていられるのは、さまざまな人々がその人なりの業績をあげてきたからだろう。

 それは「カネを稼ぐことがすべてだ」という、ただひとつの「正しさ」には回収されえないものだと思うのである。

 優れた科学者が惰弱であることもあるだろう。天才的な芸術家が無能であることもある。子供向けの偉人伝ではあるまいし、すべてが完璧な人間などめったにいるものではない。

 そのような弱さや薄汚さをも含んだ「多様性」というのではないか。

 そういったダーティーな部分を排除した「きれいな多様性」はひきこもりのようなある種の「弱者」を決して救わない。救えない。

 是枝監督の名作映画『万引き家族』を思い出す。そこで描かれていたものは、まったく「きれい」ではない、むしろ醜い、汚い、心弱い、倫理観の欠如もいちじるしい「弱者」の姿だった。

万引き家族

万引き家族

  • リリー・フランキー
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 現実の「弱者」は必ずしもきれいな人間ばかりではない。

 しかし、そういった「だれもが見たくないもの」を直視し、それすら包摂していこうという姿勢をなくせば、人間社会もシマウマがライオンに食い殺されるサバンナとたいして変わらなくなってしまうだろう。

 ぼくは人間であるために、ひきこもりのような「弱者」の包摂を支持する。明日は我が身かもしれないとも思うからでもある。

 だれよりも自分のために、人間でありつづけよう。

配信サイト一覧

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VODリスト
U-next
    
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Disny+
    
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Netflix
    
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Hulu
    
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AppleTV
    
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月額550円
      
DMMTV
    
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月額550円
      

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