「有名税の増税」にノーをさけぶ。

  • URLをコピーしました!

 数日前、羽生結弦さんの離婚に際して、「有名税は重税すぎる。」と題する記事を書いた。

 羽生さんのプライバシーを暴き立てようとつきまとった一部マスメディアを初めとして、ぼくたちのようなネットの一般人に至るまで、「正義」に駆られ、独善的に「正義」を乱用する危険性について述べた内容である。

 それから数日、芸能メディアは羽生さんを揶揄したり非難したりする記事をいくつも発表している。

 まったく関係ないことを縷々書き綴ったあげく、「羽生は何ともお気の毒だが、これも一つの人生経験になったのではないだろうか」と意味不明な上から目線で語る記事。

 羽生さんのアイスショーを、若い女性たちを経済的に搾取するホストクラブと同一視したあげく、何の根拠もなく「ファンに逮捕者が出るかもしれない」とまとめている記事。

 他社にもある。いずれも「そんなに炎上したくてたまらないのかな?」と目を疑わざるを得ない内容だ。

 というか、きっとほんとうに炎上ねらいなのだろうけれど、それにしてもこの下劣さはすさまじい。

 一部の熱狂的「ファン」なり「アンチ」によるストーキングや、ネットの誹謗中傷もひどいものだが、それはそれとして、やはりこの種のマスメディアの腐敗ぶりは看過できないものがある。

 

 

 いや、ほんと、ひどいよね。ふだんはさまざまな思想や党派に分裂して対立状況にあるネット世論がここまで一致して怒りに燃えているのひさしぶりに見るかも。

 まあ、この手のいわゆる「マスゴミ」の言説のひどさはいまに始まったことではないので、いまさら怒ってもしかたないのだけれど、羽生さんや奥さんの胸中を思うと複雑なものがある。

 そのなかでも羽生さんの奥さんの実名を最初に報道した「新周南新聞社」のいい分が載った記事はちょっと最近の記憶にないくらい激しく「大炎上」している。

 かなり長くなるが、その部分を引用しよう。

羽生の声明を受け、SNSなどでは「報道のせいだ」という声が出ているが、新周南新聞社の担当者はこう反論する。

「報道後、熱心なファンから『本人が名前を出していないのに、なぜ名前を出すんだ』と苦情が来たことはありました。我々からすると、なぜ結婚相手を隠す必要があるのか、まったく理解できません。

羽生さんはあれだけの有名人。そして、奥さんとなった末延麻裕子さんも地元では有名なバイオリニストです。しかも、地元には彼女をよく知る方も多くいて、『おめでとう』という祝福の声が多数あがっていました。その事実を報じたまでです。
小さな新聞社とはいえ、人権問題については重く考えていますし、掲載前に弁護士に相談しました。ウソを書いたのであれば訂正しますが、地元が歓迎しているという事実を書いただけ。記事を出した後についても、末延さんサイドからはクレームなどは一切来ていません」

この担当者は今回の離婚について、次のように本音を明かした。
「うちが叩かれていることは把握しています。また、羽生さんがSNSで明かした内容についても把握していますが、田舎に住む我々には有名な方の感覚はよくわかりません。
ご本人は有名アスリート。しかも奥さんも芸能人です。にもかかわらず、プライベートが、プライバシーが、とメディアを批難する。羽生さんは少し前に写真集を盛んに宣伝していましたが、都合のいいときだけメディアを使い、都合が悪ければメディアのせいにする。これはいかがなものか。
そもそもこのような発表の仕方は普通なんですか。結婚発表では麻裕子さんの名前を明かしませんでしたが、そもそも内緒にするような話だったのか。彼女はコソコソする必要がない方だと思います。立派なバイオリニストであり、田舎に帰ってくればノーギャラでも子供たちに演奏を聞かせてくれます。素敵な女性であり、地元の宝です。
ところが、彼女の名前が公になり、取材が殺到したら『じゃ離婚します』と。『いや、ちょっと待ってくれ』という思いです。我々からすれば地元の子が泣かされた。最後までまゆちゃんを守ってくれよ。男なら最後まで守り抜けよ。それが素直な気持ちです。
先ほど人権の話をしましたが、結婚相手を隠し通そうなんて女性蔑視もいいところです。女性に対して失礼極まりない。この時代に許されるのか。世間に知られたから出て行けということでしょうか。よくもまぁこれだけ女性をバカにしたことができるなと思います。ひとりの人間を不幸にしたことに対する感覚が薄すぎるのではないか。
わずか3ヵ月で…。私が彼女の父親なら訴えています。彼女のお父さんのことはよく知っていますが、天国でガッカリしていますよ。大事に大事に宝物のように育てていましたからね」

 いかがだろうか。ぼくの感想をひとことで述べるなら、「ふざけるな」としかいいようがない。

 先の記事で述べたようにぼくは「正義の怒り」をあまり信用しないし、いわゆる「義憤」や「公憤」が建設的な結果に結びつくことはめったにないと認識している。

 今回のことについても感情論に流されることなくあくまで冷静に、「特定の悪質なメディア」と「メディア全般」は切り分けた上で理路整然と批判していくべきだと考えたいところだ。

 だが、それにしても、この論旨の破綻ぶりはどうだろう。

 「ひとりの人間を不幸にしたことに対する感覚が薄すぎるのではないか」。いや、何をどう考えても彼女を「不幸にした」のは羽生さんじゃなくてあなたたちでしょ、と思ってしまう。

 もともと無価値で攻撃的な情報が飛び交うインターネットではあるが、ここまで徹底して下劣で醜悪な記事はひさしぶりに読んだかもしれない。

 くり返すが、羽生さんの奥さんのささやかな幸せを破壊したのは一部マスメディアを初めとする広い意味での「報道」である。

 その「加害者」が「被害者」の罪を並べ上げて怒ってみせている光景は、まさにグロテスクとしか表現しようがない。

 何ですか、第一回の人間はどこまで醜く開き直れるのか選手権でも開催されているんですか。

 また、ジャーナリストの江川紹子さんはnoteでこの件に関する「モヤモヤ」を吐き出している。1000以上の「スキ」を集めているが、これもまた納得がいかない記事である。

 江川さんは三つの「モヤモヤ」について書く。

1つは、誰が、何をしたのが問題なのか、という事実関係が判然としないことである。
羽生さんのメッセージによれば、「様々なメディア媒体」による「誹謗中傷やストーカー行為」と「許可のない取材や報道」が問題なのだという。
「様々なメディア媒体」とは何か。そもそも「メディア」とは「媒体」のことで、この同語反復に、彼がどういう意味を込めたのかが分かりにくい。もっぱらテレビや週刊誌などの取材を問題視するなら、「マスコミ」「マスメディア」と言っただろう。わざわざ、こういう表現をしたのは、むしろYouTubeを含むSNSでの発信を問題にしたかったのかもしれない。いずれにしろ、はっきりしない。
にも関わらず、ネットでは「マスゴミ」など口汚い言い回しも含め、マスメディアへの非難が飛び交う。テレビで「メディア加害」に言及するジャーナリストもいた。

 そう? なるほど、たしかに、この件に関する事実関係はつまびらかにされていない。

 しかし、羽生さんは特定企業や個人が集中的に攻撃される可能性を慮ってあえて沈黙を守っていると見るべきだろう。

 それはむしろ羽生さんのいわば温情であり、きわめて節度ある良識であると見るべきではないか。

 あるいはこの上、この件に労力を割きたくないという意図があるのかもしれないが、それにしてもことここに及んで特定の企業や人物を名指しして責めることをよしとしないかれの態度には、わたしは深い尊敬こそ感じても「モヤモヤ」などしないのだが、江川さんはそうではないのだろうか。

 もしかしたら江川さんはひとりの業界人として「マスメディアへの非難が飛び交う」ことがお気に召さないのかもしれない(下衆の勘繰りですかね?)。

 しかし、「様々なメディア媒体」が何を指しているとしても、そこに芸能マスコミの類が入っていないことはありえないわけで、マスメディアが批判を避けることなどできるはずはないのだ。

 それとも、だれかを批判的に書くなら、その当事者は具体的に明示するべきだ、ということだろうか。

 しかし、続けて江川さんはこう書いているのである。

モヤモヤその2は、羽生さんのメッセージが発せられて以降、「許可のない取材や報道」を当然のごとく悪と決めつけて非難する言説が飛び交っていることだ。
果たして、取材や報道には「許可」が必要なのだろうか?

 その「飛び交っている」言説とは、だれのどのような言説なのか、江川さんこそあきらかにするべきではないか。

 管見するかぎりでは、ネットで悪とみなされて批判されているのは、「許可のない取材や報道」一般ではなく、「許可のない取材や報道によって有名人のプライバシーを暴き、その日常生活を破壊すること」である。

 江川さんは「旧ジャニーズ事務所」の一件を取り上げ、このようにも書いている。

当人の「許可」がなければ取材も報道もしてはならない、となれば、メディアは本人が望む情報だけを拡散する宣伝媒体としか機能しなくなる。実際、旧ジャニーズ事務所はそのようにメディアをコントロールしようとし、一部メディアを除いて、それに従っていたのではないか。その結果がどうか、私達は目の当たりにしたばかりだ。

 だが、純粋な一個人である上に犯罪はおろか一切の同義的問題すら起こしていない羽生さんと、その絶大な権力をもちい報道に有形無形の圧力をかけた「旧ジャニーズ事務所」を同一視することはとてもできない。

 ネットの世論は前者のプライバシーを露骨に暴き立てようとし、最終的にはかれの一個人としてのささやかな幸福を叩き壊したマスメディアに対し怒っているのであって、「当然、旧ジャニーズ事務所に対しても許可のない取材はやめるべきだ」などと主張している人はいないはずだ。もしいるのなら見せてほしい。

羽生さんの場合は、結婚の事実は伝えたいが、妻となった女性については一切触れてほしくなかったのだろう。ただ、これだけのスターだ。国民栄誉賞も受賞しており、ただの一私人とは言えない。その結婚相手を「知りたい」と思う人たちはそれなりに多いのではないか。メディアがその社会的関心に応えようと取材するには、夫の許可が必要という考えには、私は与できない。

 いや、スターだろうが何だろうが「一私人」ですよ。

 もし、国民栄誉賞を受賞したら私生活を守る権利がなくなるというのなら、だれもそんなもの欲しがらなくなるだろう。

 ここで江川さんはおそらく意図的に羽生さんの「私人性」を否定することで「だからプライバシーを暴かれてもしかたないのだ」という方向に話を誘導しようとしている。共感できない。

 また、もし、「奥さん本人」の許可は得ているが、羽生さんの許可が下りないので取材できないということなら、たしかに「夫の許可が必要という考え」はおかしいということもできるだろう。

 しかし、この場合、あきらかに本人の許可も得ていないわけで、まるで羽生さんが奥さんの権利を奪って「自分の許可がなければ取材は許さない」と主張しているかのような書き方は、悪質なミスリーディングというべきではないか。

 さらに、「「知りたい」と思う人たち」がいたら、メディアはその下劣な欲望の手先となって個人の生活と人権を蹂躙するべきだといっているに等しい意見に至っては、ほとんど悪意すら感じる。

 彼女はこうも書いている。

モヤモヤその3は、いきなり離婚という唐突感だ。羽生さんは、相当に辛い思いをしていたのは間違いないと思う。ただ、メディアの加熱取材があったり、ストーカー行為に及ぶ者がいたりして苦しめられているのだとしたら、弁護士などのプロに対応を相談し、それによって自分たちの生活を守るという道もあったのではないか。

 この件について「いきなり離婚」と捉えるのは、あまりに想像力が欠落していないだろうか。

 江川さんの、この一件に「プロ」は関与していないだろうというその根拠となっているのは、「今回のメッセージ文を読むと、冷静な第三者の手が入っているようには思えない」という一事である。

 たしかに、羽生さんの文章は弁護士なり専門家が代筆したものとは考えがたく、おそらく羽生さん自身が記したものであろうと推測できる。

 しかし、だからといってこの一件に「プロ」が関わっていないと決めつけるのは根拠薄弱である。

 常識的に考えれば、羽生さんや奥さんがストーカーやマスコミに対応するなかで「いきなり離婚」を決意したとは受け止めがたく、そこに至るまでさまざまな苦悩や煩悶があったと考えることが自然だ。

 そのなかで「プロ」に相談することもあったかもしれない。羽生さんの立場を考えれば、その可能性は高いだろう。

 それなら、なぜ羽生さんの文章は「プロ」の関与を感じさせないのかといえば、羽生さんは、それでもなお、「プロ」による言葉ではなく、自分自身の言葉でたくさんのファンを含む人々にメッセージを伝えようとしたのかもしれないと考えられる。

 そうであるとすれば、それは羽生さんのいかにもかれらしい誠実さであり、賞賛にこそ値しても、非難されるべきいわれなどないだろう。

 それにもかかわらず、江川さんは羽生さんがあくまであっさりと「いきなり離婚」を決定したかのように書いている。

 これはきわめて根拠に欠ける不当な憶測であり、ひとりのジャーナリストの発言として不適格であると考える。

 このnoteのような、大衆の「知りたい」という権利をいわば「忖度」してマスメディアが個人のプライバシーを暴き立てることを肯定する意見に、ぼくはまったく評価しない。

 まして、「もっとやるべきだ」といわんばかりの論調にはつよい抵抗を感じる。

 それはいわば「有名税の増税案」であり、ぼくとしてはどうにも「否決」してやりたいところなのだが、もちろん、業界の重鎮ならず、ひとりの一般人に過ぎないぼくには何の能力も権利もない。

 ただ、これらの案に対しあくまで「ノーと言いつづける」ことができるだけだ。

 だから、いつまでもそうしようと思う。

 ぼくは、叫ぶ。どうか、同じ意思のある人は唱和してほしい。

 ノー!

目次

【お願い】

 この記事をお読みいただきありがとうございます。

 少しでも面白かったと思われましたら、このエントリーをはてなブックマークに追加

をしていただければ幸いです。

 オタク文化の宗教性について考える電子書籍『ヲタスピ(上)(下)』を発売しました。第一章部分はここで無料で読めますので、面白かったら買ってみてください。

 その他、以下すべての電子書籍はKindle Unlimitedだと無料で読めるのでもし良ければそちらでもご一読いただければ。

 

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

どうかシェアをお願いします!
  • URLをコピーしました!
目次