あなたも『銀河英雄伝説』がわか(らなくな)る。登場人物のなか最強、ヤン・ウェンリーとは何者だったのか。

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 Twitterで以下のように呟いたところ、ちょっと反響があった。

 以下、このように続く。

 ぼくがここで示そうとしたのは、田中芳樹『銀河英雄伝説』という作品におけるヤン・ウェンリーというキャラクターの個性は、「小説家になろう」などにしばしば登場する「ご都合主義的チートキャラクター」の域に留まるものではない、ということである。

 そのようなキャラクターはひとつ「なろう」にかぎらず、無数にあるし、ありえる。

 しかし、ヤン・ウェンリーという人物の魅力は、ぼくが知る限り、ほとんど類例が見られないものである(異論はあるにしろ)。

 「厭世的で皮肉屋で怠惰に見えるが実はすごい才能をもっており、不本意ながら大活躍してしまい周囲にチヤホヤされる」ことはヤンの一面ではあるだろうが、すべてではないのだ。

 上でさんざん書いているが、ぼくは初めて「かれ」に出会ってから30年以上経つが、ヤン・ウェンリーのことはよくわからないと思っている。

 少なくとも、かれの存在は「少年漫画とかバトルもののロジック」では説明し切れないものであるといえる。

 「怠け者に見えて、じつは強い」というキャラクターは、世の中に枚挙に暇がないほどある。一種の王道ですらある。

 だが、そのようなキャラクターは、ヤン・ウェンリーほど魅力的に見えない。

 結局のところ、ヤンというキャラクターが素晴らしいのは、その死後、ユリアン・ミンツがもらす「連戦連敗でもいい。生きていてほしかった」という言葉に表わされるような一面であって、必ずしもその万能感だけにはないのである。

 ここで注釈しておくと、ぼくがいう「少年漫画のロジック」とは、「少年らしくあればあるほど強い」というものである。

 つまり、戦いのことしか考えていない人間ほど戦いに特化していて強い、ということになる。

 わかりやすいのは『ドラゴンボール』の孫悟空や『ONE PIECE』のルフィだろう。

 かれらはあらゆる意味で純度の高い「少年」であり、日常的な性格や能力をほぼ欠落させているが、まさにそうだからこそ強い。いわば「純粋少年」である。

 また、こういった「少年漫画のロジック」の暗黒面を描いた名作が山田風太郎の『魔界転生』だ。

 そこでは「純粋な強さ」を求めた剣客たちが、まさにそれ故にダークサイドに堕ちて「魔界転生」するさまが描かれている。

 そしてまた、井上雄彦の『バガボンド』では、主人公の宮本武蔵がそういった「純粋な強さ」を求めて行き詰まり、苦悩し葛藤する様子が描かれている。

 現代においてはある意味でマッチョイズム的な「少年らしさ」を無邪気に描き切ることはそう容易ではないのだ。

 いま、いかにも時代錯誤的ながらも完全にそれを成し遂げているのは『刃牙』シリーズくらいのものではないだろうか。

 だが、とにかくいまなお少年漫画やバトルアニメはたいていがこの「少年漫画のロジック」に則っているように思える。

 『ONE PIECE FILM RED』などはそこに「被害者の側の論理」、「女の子の物語」を持ってきて対決させた大問題作だが、それはさておき、「モチベーションが純粋なほど強い」というのはさまざまなバトルものに通底する一大法則なのである。

ONE PIECE FILM RED

 だが、ヤン・ウェンリーはそのような個性には思えない。かれは「少年」というより「青年」であり、ほとんど「大人」といっても良いキャラクターである。

 「少年漫画のロジック」においては「大人」は弱いはずだ(『ドラゴンボール』において「政治的」に活躍するミスター・サタンが純粋なバトルにおいては弱いように)。

 しかし、じっさい、ヤンは強い。それは小説なのだからそう描くことはできるわけだが、それでは、その破格の天才に説得力をあたえているものは何なのだろうか。これがわからない。

 「少年漫画のロジック」では説明できないことはたしかだ。何なんでしょうね、こいつ。

 ひとつには、「視点の高さ」なのではないかとは思う。

 かれひとりが、自分たちの生きている物語を「歴史」という高い視点から相対化することができる。

 自分も含めたあらゆる人間を歴史という座標で位置づけるわけである。いわば、他の人間が三次元のなかで戦っているのに対し、ヤンには四次元的な視点があるのだ。

 ある種の「メタキャラクター」ということもできるだろう。その意味では、ヤンの才能はたしかに「チート的」ではある。

 しかし、重要なのは、その万能の天才がつねに制約されつづけ、十全に発揮されることはないということ。そして、また、ほとんど全知に見えたヤンが最終的にあっさり暗殺されて死んでしまうことである。

 そうなのだ、ほとんど神の域にまで達するかと見えたヤンの「視点の高さ」は(いま、藤崎竜による漫画版がちょうどそこにたどり着いているところなのだが)、ラインハルトとの最後の戦いで頂点に達し、そして自身の死亡という形で一気に「失墜」する。

 あたかも、本物の全知全能の神に「おまえもまたひとりの人間であるに過ぎない」と宣告されて墜落するイカロスであるかのように。

 この展開はヤンがほとんど万能に見えるからこそショッキングである。そして、「面白い物語とは何か?」、「魅力的なキャラクターは何か?」のひとつのアンサーがここにはあるように思える。

 たとえば『コードギアス』などを見てもわかるように、万能感の演出は物語にとってひとつの大きな魅力である。『銀英伝』もその系譜にあることは事実だろう。

 だが、ひたすらに万能感を突きつめることにはどうしてもある種の限界がある。『銀英伝』は、ヤン・ウェンリーは、その限界を突破している一面があるように思うのだ。具体的にどこが?といわれると、よくわからないのだけれど。

 たしかに、大人になったいま見ると、ヤンの政治的な主張はいかにも単純に過ぎ、青くさいところがある。しかし、ヤンというキャラクターはそれだけでは解き明かし切れない不可解さがある。

 そう、ぼくにはヤン・ウェンリーがよくわからない。あなたには、わかりますか?

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