先日、世界的大ヒットの映画『バービー』が少し遅れて日本でも公開されました。
これが賛否両論の大問題作で、漫画家の奥浩哉さんの感想ツイートを巡って早くも炎上事件が起きたりしています。
映画、バービー観た。最初の方はお洒落だし可愛いし笑いながら観てたけど後半になるにつれてだんだん冷めていった。なんか強烈なフェミニズム映画だった。男性を必要としない自立した女性のための映画。こんなの大ヒットするアメリカ大丈夫なの?
— 奥 浩哉 (@hiroya_oku) 2023年8月11日
この件に関してはいろいろな立場がありえると思うのですが、ぼくとしてはまあ、こんなことを書いたら批判が相次ぐのは当然かなと。
どう読んでも「男性を必要としない自立した女性」を否定的に捉えているとしか思えない文章であるわけで、「は? 女性が自立しようとすることを邪魔するつもりなの?」という感想が出るのはむしろ自然かと。
もちろん、奥さんの真意としては「男女とも仲良くしようね」程度の意味合いだったのかもしれないけれど、あまりにも不用意な発言であり過ぎる。
その後の発言も危機対応として悪手としかいいようがなく、この炎上はまだしばらく続きそうです。
この事態をフェミニストが攻撃しているように捉えている人も多いようだけれど、いや、女性ならフェミニストじゃなくても怒って当然の内容だと思いますよ。
たしかに、奥さんには少なくとも意識した差別の意図はないでしょう。しかし、問題なのはそれが「結果として」抑圧的内容になってしまっていることで、令和の時代のクリエイターとしてあまりにも無邪気すぎる印象は受ける。
ぼくはべつに「意識をアップデートしろ」とかいい出すつもりはないけれど、それでもこういった昭和的な感覚で発言すれば批判されることはいたしかたないかと。
べつに批判する側が無条件で正しいとも思わないものの、これを「フェミがまた何かいっている」みたいに矮小化して処理してしまうことはいかにも苦しい。
いわゆる「オーバーキル」の問題はあるにしても、ぼくは「今回は」批判する側のほうに正当性があると感じます。
映画に対する意見はそれぞれでかまわないけれど、あまりに不用意なことをいえば反感を買うことはしかたないわけで、『バービー』という映画を殺させないためには擁護する意見には必要性があると感じます。
ただ、一方でこの映画、あきらかにフェミニズム、少なくとも俗流フェミニズムに対しても批判的というか攻撃的な視点を含んでいるわけで、フェミニストならだれもが絶賛するかというと、そうでもないことでしょう。
非常に多方面にケンカを売っているというか、論争のタネになりやすい映画だと感じます。
さすが、これも傑作にして問題作たる『ストーリー・オブ・マイライフ わたしの若草物語』の監督、攻めて来るなあ。
そもそもこの映画、ぼくには、ジェンダーがどうのフェミニズムがこうのというまえに、めちゃくちゃカルトかつマニアックな作品であるように思える。
物語はいずことも知れぬ架空の世界バービーランドから始まるんだけれど、そもそもこのバービーランドって何なの?ということがわからない(笑)。何なのこの世界。何で存在しているの?
まあ、それはそういうものなのだと受け入れるにしても、なぜか現実世界と物理的に(?)つながっていて、ふつうに行き来できてしまうらしいのがすごい。
ここら辺のギャグなのかシリアスなのかよくわからない感じは、ふつうに笑えはするのだけれど、それにしても「奇妙な味」としかいいようがありません。
この、本来ならめちゃくちゃ受け入れがたそうな設定をコミカルかつナチュラルに描き切ってさほど強引に感じさせないあたりは、ハリウッド脚本術の精髄を見るかのよう。
ちょっとティム・バートンあたりを思い出すようなカルトでグロテスクなリアリティラインのかく乱が強く印象に残ります。いや、ほんと、ヘンな映画ですね!
いやまあ、映画史的には元ネタのひとつと思しい『オズの魔法使い』とかもあるので、そんなにヘンではないのかもしれないけれど、それでもこの何とも過剰なまでにガーリーでキッチュなパステルの世界が広くエンターテインメントとして広く受け入れられているのは驚異的といって良いのでは。
この作品をフェミニズムの視点から切り取った評価はすでにたくさんあるだろうし、これからもいろいろと出て来るだろうからあまり書く気にはなれないのですが、よしながふみさんの作品とひき比べる評価が多いそうで、それは非常に納得がいきますね。
内容的に『大奥』などの「男女逆転」ものを連想させるのはもちろんとして、それ以前にちょっと過剰なくらい知的な感じがよしながふみっぽいなと。
何というか、映画そのものに批評的視座が内在されていて、外からツッコミを入れようとしても歯が立たない感じ。おそらく制作側に非常に頭の良い人たちがそろっているのだろうと感じます。
『ストーリー・オブ・マイライフ』もそうだったけれど、ハリウッド映画のお約束を批判的に換骨奪胎しているようなところがあって、そこもまた面白い。アンチ・ロマンス。アンチ・ロマンティックラブ。
ただ、この過剰なまでの洗練をどう受け止めるかは評価が分かれるところではあるでしょう。あまりにも批評的であるため、いわゆる「映画的快楽」に乏しいという批判はありそうに思える。
これはぼくがよしながさんのマンガに感じるのと同じ不満で、何というか完成しているが故の閉塞を感じてしまう。
その意味で、ネットにあふれる「考察」的な読解を前提とした「記号ゲーム」を批判的に読み解こうとする以下の批評などもよく理解できる。
ただ、一方でもちろんオープンで議論を呼ぶテーマをあつかって映画の可能性を大きく広げている作品でもあるわけで、ほんとうにひと筋縄ではいかない映画だな、と感じます。
ちょっとぼくなんかではオリジナルな批評はできないな、という気すらしますね。ぼくが思いつくような批評的意見はあらかじめ制作側に予測されて映画に取り込まれているという感覚。
くり返しますが、ぼく個人としてはそういう批評内在性に対して必ずしも好意的ではありません。
そういう映画に対してはどうしても「頭で読み解く」感じになってしまうところがあって、ぼくが映画に求めているものとは微妙にズレる気がする。
とはいえ、インターネットで膨大な「感想」が交わされるいまの時代、制作側に受け手の意見を無視して無邪気に最善を追及せよ、と迫ることにも無理があります。
だからおそらくこれからもメタ的、批評的な視座の映画は増えていくだろうし、そういった作品に対する「考察」や「レビュー」は「作品の一部」として消費されていくことでしょう。
そういう意味では最新のジブリ映画が一切の宣伝、広告を封印することで、初見の観客に対し、いわばネイキッドな感想を求めたことは理解できなくもないのです。
それはおそらく方法として悪手だったかもしれないけれど、でも、それによってあきらかになったのは、いかに多くの観客がネットを通して他人の「感想」にフリーライドしているかということだったのではないでしょうか。
ある作品を純粋に自分の目で見て頭で考えて「理解」するには、どうしても一定の「映画リテラシー」が必要になってしまうわけなのですが、そのレベルの「感想力」を持っている人ばかりではないのですね。
むしろ、『バービー』のような分析的な映画をまえにしてピュアに「自分の感想」を保持できる人は少数派に留まるかもしれません。
大半の人は、たとえば奥さんのツイートのような素朴で無邪気な感想を基準に、批判したり賞賛したりするに留まるように思える。
まあ、ぼく自身、今回はそこまで面白い意見を持っているわけではないので偉そうに他人を批判しようというのではなく、なるべく独立した自分の見解を維持したいものだな、と思うというそれだけの話ではあります。
ちなみに海外ではこの映画を「彼氏テスト」、「リトマス試験紙」として見ることもはやっているのだとか。
中国で映画バービーがめちゃくちゃ流行ってる理由として、この映画が「ボーイフレンド・テストになる」っていう話です。中国では、映画バービーの鑑賞途中で席を立つ男性が多く見られたり、登場人物や監督の女性に強い不満や反発意見を持つ男性が見られたりして、そのことから、「あなたのボーイフレンドが映画バービーにどんな反応をするかどうかで、良い彼氏かどうかわかる」って言われてるんだってwww もし彼がこの映画の言おうとしてることを半分でも理解できてるなら、あなたの彼氏はまあ普通。この話、個人的にはすごいわかると思ってます。
明らかなガールズムービーの世界観だし、ピンクのドレスコードで映画館に行こうムーブメントがもし日本でもあるとしたら絶対に女友達と行く方が楽しい映画だと思うけど(この映画にこめられたジェンダー論要素を、絶対に女同士の方が理解できるというのも含め)、あなたのボーイフレンドと観に行ってみることで、あなたの彼が、自分と同じ解像度で社会のことを見れているかが判明する良いテストになると思います。ぜひ一緒に観に行ってみてはいかがでしょうか?
でもまあ、いっしょに映画を観た結果としてかれの本性がわかったということならともかく、初めからそうやって人を試そうとする目的で映画を観ることには、ぼくはあまり好意的ではありません。
いかに皮肉っぽいとはいえ、ともかくもエンターテインメントやエンパワーメントのために作られたはずの映画をそういう「人の性格を見抜く」目的のために利用しようとすることはイヤだなあ、と素朴に思うのですね。
もちろん、ぼくにその行為を批判する資格があるわけではないのでやりたければやるのは自由だけれど、個人的にはちょっと陰湿に感じます。
女性であれ男性であれ、恋人や友人のものの見方をテストするために映画を見せるような人と仲良くなりたいとは思わない。
いや、良いんだけれどね、ぼくとは関係がないことだから。ただちょっと好きになれないやりかただなと。
いずれにせよ、『バービー』は極度に論争的な傑作です。ぼくとしては前作のほうが好きだけれど、表現の射程としてはこちらのほうが広く届いているようでもある。日本では例の原爆問題もあってか、そんなにヒットはしていないようだけれど。
とりあえず見てもいない映画について声高に批判する輩は論外なので、まずは見にいって、それから話をしましょう。
フェミニストやアンチ・フェミニストの論争に参戦したいとはまったく思いませんが、ふつうに見て楽しめるハイクオリティな映画には違いないので、これから観に行く人にはまずはナチュラルに映画を楽しんでもらいたいところです。
ヘンな映画だけれど、面白いですよ。
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『「萌え」はほんとうに性差別なのか? アニメ/マンガ/ノベルのなかのセンス・オブ・ジェンダー』は一部フェミニストによる「萌え文化」批判に対抗し、それを擁護する可能性を模索した本。
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