このブログでもその主張を良く取り上げているジャーナリストの佐々木俊尚さんが「宗教とスピリチュアルは何が違うのだろうか?」というトークをアップしています。
佐々木さんの関心はよくわかるというか、ぼくもまさに同じテーマで考えているポイントなんですよね。
現代日本のような後期近代的な社会において、旧態依然とした宗教は影響力を逸しているように見える。
ほんとうに仏教が単なる「葬式仏教」へ堕落したのかどうかはともかく、信徒に対する影響力が低下していることはたしかでしょう。
ぼくが子供の頃、寺へ行くとよくその建物のなかに上がり込んでお坊さんと話をしているところを見かけたものだけれど、最近は同じところへ行ってもなかなかそういう光景は見かけなくなりました。
まあ、だからといって即座に宗教が権威低下して消えてなくなってしまうかというと、もちろんそんなことはありえないのだけれど、少なくとも既存の伝統宗教の社会的影響力が下がって来ていることは見て取れるように思うわけです。
これは世界的潮流といって良いのではないでしょうか。
しかし、そうやって伝統宗教が衰退しても、人の頃から「宗教的なるもの」を求める心理は消えやらないわけです。
いや、わたしは宗教のような愚かなものを信じたりしないという人もいることでしょうが、そういう近代的な自立した自我のありようもまた、いま、危機にさらされていることはたしかだと感じます。
数々の天災や気候変動、そしてウクライナ戦争などを見てみても、いまの社会は、そして世界もまたいっそう不安定に揺らいでいるように見えるわけで、いまの生活がいつまで続くものか不安に思うことはむしろ自然といっても良いでしょう。
そしてまた、不透明さを増しつづける世界の秘密を探ろうとする思いもあって、「宗教的なるもの」はむしろその需要を増しているようにすら考えられます。
つまり、巨大な需要に対して供給が不十分な状況がある。
そういった状況下において、その部分の需要に食い込んできているのがいわゆる「スピリチュアル」であったり、「自己啓発」であったり、「新興宗教」であったりするのでしょう。
で、もちろんそれらが一概に悪いとはいい切れないのですが、ぼくは何かもうちょっと違うルートがないものかなあなどと思ったりするのです。
心のなかの「宗教的なるもの」を満たそうとするとき、俗悪で拝金的な「スピ」や危険な「カルト宗教」にハマったりするより健全なルートがあると、それで救われる人は増えるのではないか。そういうふうに考えるのですね。
ちょうど先日発売された石田衣良の『池袋ウエストゲートパーク(19)』の表題作が宗教二世がテーマで、さすがに良いところを攻めて来るなあと思ったんだけれど、ちょっと考えればわかるように、いくら悪質な宗教を攻撃しても人の「宗教的なるものを求める心」が変わらない以上、必ず何らかの団体は現われてくるわけです。
それだったらその「宗教的なるものを求める心」をどう良い方向へ導いてあげるべきなのか考えるほうがまともなのではないか。ぼくはそういうふうに発想します。
ある意味で傲慢な考え方ではあるでしょう。かつて、社会学者の宮台真司は同じような発想で「サイファ教」を設立しましたが、あまり話題になりませんでした。
ちょっとうさんくさすぎたのかもしれませんし、宮台さんにいまひとつ個人的な魅力が欠けていたせいかもしれません。
とにかくぼくとしてはこの失敗を踏まえて、何か「宗教的なるもの」を満たす団体? 組織? 教典? そういうものを作れないかなと思ったりするわけなのです。
あるいは、自分でつくるのは無理としても、既存のポップアイコンを活用して「宗教のようなつながり」を生み出せたりしないだろうかというのは考えるところ。
初音ミク教とか。ハーマイオニー教とか。いや、キズナアイ教でも何でも良いのだけれど、どういったら良いかな、菩薩信仰とかマリア信仰みたいな形で美少女崇拝の宗教を作れないものかと。
もちろん、そういった「宗教」は単なるオタクの好むシニカルなジョークにしか過ぎないように見えることでしょう。
ですが、以前、『ヲタスピ』という本で書いたように、推し文化と「宗教的なるもの」はどこか共振するところがある。共通するものを秘めているように思えるのです。
「現代における宗教・科学・フィクションが重なり合う領域の 事例と理論的分析」というタイトルの東大の博士論文では、「フィクションに基づく宗教」について語られています。
そこでは、たとえば『スター・ウォーズ』を土台にした宗教である「ジェダイズム」のようなポピュラー・カルチャーを背景にした宗教の可能性が真剣に論じられているのです。
フィクションから生まれた宗教の代表的事例はジェダイズムである。ジェダイズムは、映画『スター・ウォーズ』シリーズを基礎としてできた宗教だ。『スター・ウォーズ』シリーズは、1977年から本編が8作品制作され、あと1作公開される予定の人気映画である。2016年と2018年に公開のアンソロジー・シリーズ(実写映画)をはじめスピンオフ作品は数知れず、映画、アニメ、小説、コミックス、ゲーム等、種類も幅広い。
しかし、結果としてジェダイズムは、創造者の意図を離れて、独自の宗教としての力を得るようになった。信者は『スター・ウォーズ』がフィクションだと理解しているが、同時に、そこにはなんらかの宗教的真実があると考えているのである。例えば(ジェダイズムを信奉しているかは不明だが)熱狂的なファンたちは、「親に教えられた古い宗教はもう死んだ、彼(筆者注:ルーカスのことが新しい理解と価値観を与えてくれた)」、「何か崇高なものに触れたような経験だった」(『ピープルVSジョージ・ルーカス』)といった宗教的な表現をもって『スター・ウォーズ』を評している。
「ジェダイズム」がありなら、「ミクイズム」もありなのではないでしょうか。
たとえば『廃墟で歌う天使―ベンヤミン『複製技術時代の芸術作品』を読み直す』という本では、ベンヤミンの「アウラ」論を背景に、情報空間をさまよう「天使」としての初音ミクが語られています。
「天使」を崇める宗教としての「ミクイズム」。ありでは。
上記論文ではポピュラー・カルチャーを利用した「ハイパーリアルな宗教」という概念が解説されていますが、「ミクイズム」もまたその「ハイパーリアルな宗教」に含まれるに違いありません。
もっとも、くり返しますが、このような話は、当事者であるオタクの実感からすれば、やはりよくいってもシニカルなジョークのようにしか実感されないことでしょう。
オタクは自分たちの情熱を宗教とは違うものと捉えているし、「あくまで現実と虚構を区別できる」ところにプライドを感じているからです。
ただ、それを揺るがすような主張もないわけではない。
そう、「推し」という言葉に宗教性を見る人は決して少なくはありません。
「推し」という言葉は正直、あまり身近でない言葉でした。ただのアイドル界隈の仲間内言語だと思ってました。けれどそんな浅い表現ではありませんでした。
神様の位置づけを、いい意味でも悪い意味でもうやむやにしてきた日本にとって「推し」という概念、表現は日本人が手に入れた確実に新しい信仰の形になりえます。
みんなそれぞれ違う神様、信仰を、バラバラなまま持ち、共存するという、ゆるくて幸せな姿がそこにはあります。
土地や命を奪いあうわけでもなく、一方的に価値観を押し付けるわけでもなく、ただ唯一を崇めるのでもなく、しつこい勧誘もない「推し」という控えめなお勧め感。
「推し」を持っている人の満足感。
そこに大げさでなくこの国の希望を感じます。「推し」という新しい神様の形、信仰とは違う熱狂、を手に入れた事で新しい段階に行けた様な気がします。
僕たちはこれでやっと神様離れができるのかもしれません
背景には、冒頭の女性が示したような「布教精神」がある。推しを第三者にも好きになってほしいと多くの人が思うという。
「SNSがない時代は、対象を仲間内で愛でる文化で、外からは近寄りがたく見えていた。10年頃からツイッターが普及し、自分の好きなものについて話したいという欲求と相まって、広がっていったのです」
横川さんは推しの効用を語る。
「推しがいれば、人に優しくなれる。推しが見ていると思うと、悪いことはできない」
つまり、推しとは、小さな神さまのようなものなのだ。
「自分の心に家族とは別の大切な存在がいてもいい。そんな価値観が広がっていると思います」
さらには「究極の推し活アイテム」として「推しを祀る神棚」などというものまで売っていたりする。
どこまでがジョークで、どこからが「ハイパーリアル」なのか判然としません。
もちろん、オタクの「推しごと」が即座に宗教である、というつもりはありません。両者にはさまざまな相違もあることでしょう。
ですが、その一方で共通点もまた少なくない。
「リアルよりもリアル」なフィクション、カルチャーを引用した「新しい宗教」はありえるのか? それは人を救うのか? 注目の論点です。
ただ、個人的にフィクションに救われて生きてきたひとりとして、ぼくは確信しています。物語は、虚構は、人を救う、それはいかなる既存宗教にも劣らない偉大な力なのだと。
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